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『――そうだって言ったら、どうします?』
安室さんは目を細め、悪戯っぽく笑う。
そのあまりにも美しいご尊顔を拝んだ瞬間、間違いなく自分の語彙力は消し飛んだんだ。
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「それでパニクって思わず『解釈違いです』って言って逃げちゃって、今に至ります」
「「なんで!?」」
園子ちゃんと蘭ちゃんは声を揃えて前のめりながら言う。少しボリュームが大きくなってしまったせいで周りからの視線を集めてしまったためか、ふたりは少し恥ずかしそうに着席した。
ここは米花町で数週間前にオープンした、フルーツタルトと紅茶が売りのカフェ。前にポアロで一緒にご飯に行こうと口約束をしてからなかなか予定が合わなかったのだけれど、ようやく都合がついて、このカフェを訪れることになったのだ。
初めは前回同様、ふたりの恋バナで盛り上がっていたのだが、『心央さんはどうなのよ?』と、ついに矛先が自分に向いてしまう。それでも別に浮いた話はないと乗り切ろうとしたのに、蘭ちゃんが思い出したかのように言ったのだ。
『そういえばこの間、夜にポアロから走っていくところ見ましたけど……何かあったんですか?』
み、見られてた、だと……!?
その事実に衝撃を受けている間に興味を持った園子ちゃんが食いついてしまい、仕方なく例の夜の出来事とその顛末を話して聞かせたのだ。
そして冒頭のセリフが飛び出した、というわけである。
周囲に気をつかいながら、園子ちゃんはわかりやすく声を潜めて尋ねた。
「そこでなんで『私も好きなんです!』って言わないのよ!」
「まあ、普通はそうなるよね……」
苦笑いを浮かべる自分に、蘭ちゃんが質問を投げかける。
「安室さんとはその後会ったりとかは?」
「直接会えてないけど、連絡は取ってるよ。逃げたことをちゃんと謝って、返事は今のところ保留にしてもらってる」
自分の返答を聞いて園子ちゃんは頬杖をつきながらハァーと盛大な溜息をもらす。
「JKにもチョー大人気でイケメンの安室さんからの告白を保留するなんて……うちのクラスメートが聞いたら怒るわね」
それは本当にそう。正論でしかない。
自分だってこんな展開の夢小説があったら「はよ付き合えや!」って言いながら床ドンしてるわ。でも当事者になるとこれがまた違うのよ……。
「心央さんはどうなんですか?」
「え?」
「安室さんのことですよ。気になってはいるんですよね?」
蘭ちゃんからのシンプルな質問に、園子ちゃんもどうなのよ?という表情でこちらを見つめてくる。うーん、どう答えたものかなあ……。
「気になる……というか、…………好き、……では、ある、よ、……うん」
自分は熱くなってきた顔を隠すように、俯きながら言う。
安室さんは前世からの自分の最推し。だけどこれはオタクとしての好きであって、ガチ恋としての好きは違う。そう思ってた、けど……。
『――そうだって言ったら、どうします?』
あの夜の言葉が頭に過る。その表情も、空気感も、鮮明に。
「(流石にあんなこと言われて意識しない訳がないんだよなあ……)」
盛大にため息をつきたい気持ちを抑える自分の答えを聞いた園子ちゃんはぱっと顔を輝かせ「じゃあ一択じゃない!」と強気に言った。
「さっさとOKしちゃいなさいよ! 見てるこっちがもどかしいんだから」
「でも付き合いたいかといわれると……うーん……」
自分は思わず腕組みをする。
「好き……だけど、自分には不釣り合いすぎるというか……。なんか、自分よりもっといい人がいるんじゃない?って思っちゃうんだよね」
そう。それが自分の根底にある悩みの種だった。
知識ありのトリッパ―だということを除けば、自分は所詮そこらへんにいるモブと変わりない。ポアロの常連で、メインキャラとちょっと面識があって、過去に安室さんに仕事を依頼したことのある、ただの駆け出し漫画家。……自分で言ってて要素てんこ盛り感がすごいな。でもモブはモブだ。
そんな自分が?安室さんと?付き合う?
……どう考えてもこの世の終わりでしかない。
友達になった時点で大分「??」ってなってたけど、正直それの比じゃないほどだ。
「奥手ねえ……あたしなら両想いだってわかったらすぐ付き合いたいけどなあ」
「あはは、園子ちゃんらしいね」
自分は小さく笑った。そういう真っ直ぐなところが彼女のいいところだと思う。
すると蘭ちゃんがしみじみとつぶやくように言った。
「心央さん、本当に安室さんのことが好きなんですね」
「え?」
「だってそんな考えって普通、本当に相手のことを思ってないと出てきませんよ。だから素敵だなって」
「そう、かな……」
ぶっちゃけそんな大層な物じゃなくて、ただ自分に自信がないだけだと思うんだけど……。
「私は心央さんのペースでいいと思いますよ。しっかり自分の中で考えて、それで安室さんに答えを言うっていうのが一番いいんじゃないかな」
「ま、それもそうね。それが心央さんらしいっちゃらしいか」
でも、と言いながら園子ちゃんはこちらにびし、と人差し指を突き出す。
「安室さん、返事の催促はしなさそうだけど、ウダウダやってたら他に取られちゃうわよ」
「は、はい」
制限時間付きの思考時間。まあこれはほぼ自分が気持ちを決めるだけだから、他の恋愛真っ最中の人たちの駆け引きやらなんやらに比べたら全然ハードルは低いんだけど……世間の人はこれ以上に大変なことをやっているんだと思うと頭が下がる。いやマジで。
「難しいなあ、恋愛って……」
自分は思わずぐで、とテーブルに突っ伏す。
ヲタクに恋は難しい。ほんとそれな。