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幼い頃から、私には妙な能力、と呼んでいいのかわからないが、不思議なチカラがあった。


「ニャー」


「久しぶり。きみ、子供を産んだんだってね、おめでとう」


はたから見ればただの猫好きな女ぐらいにしか思われないかもしれないが、私にはハッキリとこの猫が『ご機嫌よう』と丁寧な挨拶をしてきたのが聞こえた。
動物と会話ができる、そう気付いたのは恐らく5歳ぐらいの頃だ。当時は周りの人達に嬉々としてその事を自慢していたが、年を重ねるにつれ周囲の視線が冷ややかなものになっていくのを幼いながらに感じた私は、この事を口にすることはなくなった。
ゴロゴロと喉を鳴らし気持ちよさそうに頭を私の手に擦り付けてくる黒猫は、「にゃあ」と短く鳴いた。


「んー、『貴方も早く産めばいいじゃない』って言われても相手がいないからなあ」


私がそう言うと黒猫は『好い人が見つかるといいわね』と鳴き、何処かへ消えていった。恐らく仔猫の元へ帰ったのだろう。



「相変わらずの畜生好きだな」


誰もいないと思っていたが、その人はいつの間にか私の背後に立っていた。さすがと言うべきか、全然気がつかなかった。


「中原さんじゃないですか。今晩は」


「今晩はじゃねえよ手前今何時だと思ってんだ」


「さあ、、家を出たのが11時半とかだったので、日付が変わる前とかですかね、、?」


「こんな時間に女一人で彷徨いてんじゃねえよ物騒だろうが莫迦か」


「喉が渇いたから飲み物買おうと思って散歩がてら歩いてました。ほら、今日満月で明るいし」


「本当呑気だよなお前」


呆れたようにそう呟く中原さんは、私の隣人だ。とは言っても、お仕事立て込んでたようで、中原さんがあまり自宅に帰ってくることは最近なかった。最後に顔を見たのは2週間くらい前だった気がする。


「お仕事、ひと段落ついたんですね」


「、、相変わらず何でも知ってんだなあ?」


「今日路地裏を散歩してるとき、鼠が教えてくれたんです。お疲れ様でした」


中原さんはあまり大きな声で言えないがこの街を牛耳るマフィアの幹部だ。何で私がそんな事を知っているのかと言うと、本人から直接聞いたのではなく、鴉や猫、その他諸々の動物が態々教えてくれた。ここ数日、中原さんたちの組織が忙しかった事も、その理由も、そして今日事態の収拾がついたことも、私は知っている。動物達は、私たち人間以上に物知りで御喋りだ。


「手前、今自分が生きてることに感謝しろよ?普通の奴なら俺の正体知ってる時点で息の根止めてるからな?」



「いや本当それは常々思います。中原さんのご慈悲に感謝感激です」



「五月蝿え」



「いたっ」



有り難やーと手を合わせ中原さんを拝むと、頭を叩かれた。物騒な口調とは裏腹にその力加減はとても優しく、実際は全然痛くなんてなかったが、つい反射的にそう言ってしまった。


「おら、いい加減帰るぞ」


「え、まだ飲み物買ってないんですけど」


「確か冷蔵庫で麦酒冷やしてたなあ」


「中原さん素敵!色男!今日も帽子がよくお似合いで!」


「おら、とっとと帰るぞ」


私の賛辞を無視して歩き出す中原さんの背中を慌てて追いかけると、その横顔は不機嫌そうだったが、気のせいでなければ、少し楽しそうにも見えた。




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