「なまえちゃん、これあんたにあげるよ」

産休をとっている事務のおばさんのもとを訪ねてたとき、そんな言葉とともに渡された一枚の小さな紙。なんでも、【くーぽん】というらしく、これがあればなんとタダで髪結いをしてもらえるとか。
生まれてこの方、私は母上にしか髪の毛をいじってもらったことがない。(だって髪結い代ってバカにならないし。)
しかし、タダという甘い響きに私が釣られないはずもなく次の休日に、早速町へ出かけることにした。



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そしてやってきた非番の日、くーぽんとやらにかかれた場所へ歩いていると、何やら行列が出来ているではないか。
どうやら目当ての髪結い処へと続く列らしい。
はあ、並ばなきゃいけないのか……めんどいな……帰ろうかな。
到着して早々に挫けそうな私の心。正直、長い時間まってまで髪をゆってもらいたいと思うほど私の気は長くない。
折角ここまで来たが引き返そう、そう思った矢先、

「うわ〜、髪、とっても綺麗ですねえ」

「え」

いきなり気の抜けるような声に話しかけられしかも髪の毛を一房掴まれた。

「トリートメントとかしてます?」

「?してませんけど」

「ええ!してないのにこんな美髪なんですか!あ、僕斉藤タカ丸っていいます」

「そ、そうですか」

タカ丸、と名乗った男の人はやたら人懐っこい笑顔に鮮やかな金色の髪をしている。髪が金色の人なんて生まれて初めて見たけどぶっちゃけ目がチカチカする。群衆の中にいても一瞬で見つけれそうな髪をじいっと見ていたら「これ地毛なんです」
と説明されたので「凄い毛根ですね」と返しといた。この人の遺伝子はどうなっているんだろうか。

「えっと、斉藤さんも髪を結いに?」

「僕はここの息子です」

「あ、そうなんですか」

そういえば、渡されたクーポンにも斉藤って書かれてあったなと今更思い出す。

「なまえさんは髪、結っていかないんですか?」

「んー、並んでるみたいですし、今日は諦めます」

「あの、僕でよければ結いましょうか?父ほどではないけど一応、出来ますし」

「え、いいんですか?」

「はい。あ、勿論タダですよ」

「是非お願いします」

なんともラッキーな展開だ。
いつも(お給料のために)残業したり(イメージアップで昇給してもらうために)殿の肩叩いたり城中掃除している、よい行いの賜物だろう。

斉藤さんに連れてこられたのはお店の裏側だった。道具はどうするのかと思っていたら、手際よく鏡台やら鋏やらを用意する斉藤さんをみて、外での髪結いになれていることがなんとなくわかった。

「どんな感じにします?」

「動きやすい髪型がいいです」

「えー。ゆるふわ可愛い系にしましょうよー」

「ゆ、ゆるふわ……?」

「あ!僕の考えを押し付けちゃ駄目だったんだ。えっと、動きやすい髪型ですねえ」

私の注文を聞き入れた斉藤さんだが、一向に手を動かそうとしない。どうしたんだろう。何か、不備があったのかな。

「……動きやすいゆるふわにしませんか?」

「……もうお任せします」

「やったあ!ありがとうございます!」

屈託のない笑顔で頷く斉藤さんを見て、最初っからお任せにしとけばよかったなと思った。たぶん、変な髪型にはされない、はず。

「そういえば、斉藤さんはおいくつなんですか?」

「僕ですか?15歳ですよ」

「へ〜。私も15です。タメ口でいいですよ」

「本当?じゃあ、えっと……」

「あ、みょうじなまえです」

「なまえちゃんもタメ口ね」

「わかった。あ、前髪はちょっとだけ短めで」

「了解」

私と会話をしながらもショキショキと鋏を動かす斉藤くんは同い年なのに大人っぽい雰囲気をしている。でも、よく見せる柔和な笑顔は子供っぽい。よく掴めない人だ。だからといって取っつきにくいわけではなく、むしろ、喋りやすい。

「斉藤くんはいつも髪結いを?」

「ううん。普段はあるところで忍者の勉強をしてるんだ」

「ひょっとして、忍術学園?」

「そうだよ。よくわかったね」

「アハハ……まあね。ん?15歳ってことは、六年?」

「ううん。僕は途中入学だから四年生と一緒に授業を受けてるよ」

「そうなんだ……。すごいね」

「そんなことないよ。あ、なまえちゃんは何してるの?」

「あー……ドクタケで事務職」

「え!ドクタケで働いてるの?」

そっか〜ドクタケか〜と呟く斉藤くんにひいた?と聞けば焦ったように「ひいてないよ!ただ、ちょっと驚いただけ」と否定された。驚くのも無理はない。だって、うちのお城は戦好きで評判悪いし殿は阿呆だし八方斎様はウザいしキャプテン達魔鬼はケツアゴだしドクタマたちはクソガキだし。

「でも、なんでドクタケに就職したの」

「んー、家から近いし給料がいいからかな」

「なるほど〜。楽しい?」

「楽しくなんかないよ!毎日毎日殿は張りこの馬でパカラッパカラッ五月蠅いし八方斎様の笑い声も耳障りだしドクタマたちはことあるごとに私を馬鹿にするし!ってなんで笑ってるの斉藤くん!?」

「アハハ!いやあ、だってなまえちゃん、楽しそうに話すんだもん」

「どこが!」

「ごめんごめん。はい、出来たよ」

「え、もう?」

ふぁさりと肩にかけていた布を取り去り私に鏡を見せる斉藤くんはどうかな?とそわそわしながら感想を求めてきた。
な、なんだか自分が自分じゃないみたい……。正直、いっつも邪魔にならないように後ろで一つにくくっているだけだから、髪をおろしているのは変な感じだ。

「気に入らなかった?」

「そんなことないよ!」

鏡に映る自分の姿に戸惑っていたら、私が不満に思っていると勘違いしたらしい。斉藤くんが不安そうにするから慌てて首を横に振った。

「ただ、こんな髪型初めてだから……。似合ってるかな」

「なまえちゃん、小顔で色白だからとっても似合ってるし可愛いよ」

「あ、ありがとう」

さらりと恥ずかしいことを言ってのける斉藤くんはさらに「絶対町を歩いたら声かけられまくるよ」と有り得ないことを言った。お世辞にもほどがあるよ……。というか、お世辞の域を通り越して嘘っぱちだよ。

「その顔、ひょっとして信じてない?」

「当たり前じゃん!いくら髪型が可愛くても素材が私だからね!」

「なんなら賭けてもいいよ」

「か、賭けって?なにを?」

「外れたほうが当たったほうの言うことを聞く、でどう?」

「いいけど……多分私の勝ちになるよ?」

多分とつけたのは万が一、利吉さんが町にいたら絶対声をかけられるからだ。もし利吉さんがいなかったら私が声をかけられる可能性は限りなくゼロだ。

「いや、この勝負」



俺の勝ちになるだろうから、覚悟しといてね?

そう怪しく囁く斉藤くんはさっきまでの彼と、声も顔も一人称も何もかも違い、私は石像のごとくぴしりと固まってしまった。
心臓に悪い人番付第二位の座に、堂々と認定された斉藤くんは「なんてね」とふにゃりと笑ったが、こちらとしてはちっとも笑えない。
ないとは思う、けど、一応神頼みしておこう。



利吉さんいませんように!
あと誰にも声をかけられませんように!






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