ゲホゲホと、苦しそうに眉根を寄せ咳き込む芥川の前には様々な形や色の錠剤と粉末剤、実に多種多様な薬が水とともに置かれている。



「それ、飲みなさいよ」


「、、、」



食後の珈琲を啜りながらそう言うと、それまで薬に向けられていた真っ黒な瞳をこちらに向けジロリと鋭い視線を放たれたが、体調が悪い所為か普段より覇気がない。
この男は、医者から処方された薬を断固として口にしない。だからそんなに風邪が長引くんだ。しかも芥川は基本的にあまり食事をしないし睡眠もしっかりとらない。免疫力というものが多分常人の半分にも満たないと思う。
嫌がる彼に食事を摂らせるのは中々骨が折れた。ドアの隙間から樋口が心配そうに見ていたが、貧民街にいた頃からの仲である私は今更この男に畏怖することはない。



「大体ねえ、薬が嫌いってあっくんはもう子どもじゃないんだから。茶々っと口に放り込んで水で流し込んだらいいじゃない」



「、、其の呼び方、止めろと言っているだろう」



「あっくんが薬飲んでくれたら止めるよ」



一つ年下の彼のことを私はあっくんだのりゅうちゃんだのその日の気分によって好きに呼んでいる。昔、太宰さんの前でうっかり「ねえねえあっくん」と呼んだときはそれはもう馬鹿にされた。私ではなく芥川が。あの時は少し生命の危機を感じたのを覚えている。




「薬を出さないと僕の風邪を治せぬとは、ヤブ医者め」



「あのねえ、、、」



さあ困った。この駄々っ子を言い聞かせれる何か良い案はないだろうか。
そういえば、街に新しい氷菓子屋が出来たとエリス嬢が言ってたが、何でも無花果の氷もあるとの事。食べ物に釣られるような甘い男でもないけど、試してみる価値はあるかもしれない。



「じゃあ、ここの薬なくなったら、あっくんの好きな無花果の氷を食べに行こう」



子供騙しとも取れる提案に、ピクリと彼のこと耳が動いたのを私は見逃さなかった。しめた、これはいける。



「無花果か」



「うん。何でも凄い美味しいらしいよ。ほら、今日ちょっと暑いし、丁度いいんじゃない?」



口元を押さえ、考え込む芥川は小さい頃から無類の無花果好きだ。これは薬を飲むのも時間の問題だな、なんて鼻を高くしていると、芥川は机の上にある薬を全て鷲掴み、あろう事か私が飲んでいた珈琲にそれらをぶち込んできた。は、え?





「いやいやいやいや何してるの?!」



「ふん、此れで善いだろう」



「何もよくないわ!ていうか何してくれてんの私の珈琲に?!何、風邪で等々頭可笑しくなった?」



「五月蝿い騒ぐな。さっさと行くぞ」




真っ黒な珈琲がまだ半分以上残ったカップの中で薬たちがプカプカと浮かんでいる。何此れ、新手の厭がらせ?困惑する私の手を引きぐいぐい歩きだす芥川は心なしかさっきより元気そうに見えなくもない。そんな彼を見てちょっと安心してしまうあたり、矢張り芥川に対して私は甘いんだなと感じる。幾ら裏社会で畏れられるようになったとはいえ、私にとってはいつまでも可愛い弟のような存在なのだ。




「あーもう!帰ってきたらちゃんと薬飲むのよいいね?!次あんな事したら太宰さんに芥川が悪い子になりましたって告げ口するから!」



「巫山戯るなそんな事してみろ貴様の喉笛を羅生門で噛み潰す」



なんて、可愛げの欠片もない事を言っていたが、無花果の氷を前にして目を少し輝かせた彼はどうしても憎めないのだ。






口先で融ける
スプーンひと匙




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