雨の日の話

絶え間なく 穏やかに降り注ぐ雨の音。
そしてあなたと二人、本をめくる音だけが部屋の中に響いている。

世間では雨の日に「生憎の」なんて接頭語を付けたりするものだけど、
雨の日には雨の日の楽しみ方、というものがあるのだ。

今日はお互い休みで、特に予定を決めていた訳ではないけれど
私は何となくスケジュールだけは開けていて。
早朝からの雨に 私は買ったばかりのレインブーツにお気に入りのスカートを併せ、
外出の準備を整えていた。

もし暇をしているのなら押しかけてしまおう
予定があると言われたらそのまま適当に出掛けてしまえばいい。
そう、思いを巡らせながらスマートフォンを取り出すと
私が連絡するよりも一足早く「これから行って良い?」と一言だけLINEが来ていた。

そんな簡素な文章ひとつに、雨をはねのけ、心は弾んでいた。
自らの高揚を隠すようにスタンプ一つでOKの返事を返し
身だしなみは既に万全だったので、待っている時間は全て部屋の掃除に当てることにした。

来客用の紅茶はともかくお茶菓子を切らしていた… そんな私の失態は
合鍵でドアを開けたあなたの手に握られたケーキボックスが解決してくれた。

とはいえお互いに約束はおろか何をするのかも決めておらず
部屋で他愛の無い会話をするに終始していた。
そんな手持ち無沙汰な状況の中、これ読んで良い?とあなたは本棚の本を指差し
私は短い返事でそれを了承した。その流れで私も読みかけの本に手を伸ばし、今に至る。

私は定位置であるソファーで、あなたはラグの上で
雨音と本をめくる音だけをBGMにして穏やかな時間が流れる。

この何をするでもなく、何となく集まって、お互いが好きに過ごす。
そんな無目的にも思える しかし穏やかで豊かな時間を そんな関係を私は愛していた。

パタン、ページをめくる音ではなく本の締めくくりを知らせる音。
どうやら彼は先に読み終わったようだ、私もちょうどキリの良い所に差し掛かった。

「そろそろケーキを食べたいな」

私の独り言を聞いて手元の本を本棚に戻した彼の動作は了承と見て良いだろう

ところであなた、お互いに予定なんて決めていなかったのに
開店から並ばないと買えないと噂のこのケーキ。
私に予定があったらどうするつもりだったの?

そんな野暮な事は言わないから
急な来訪にも関わらず片付けられた部屋。
きちんと身嗜みを終えていた私と同じ気持ちだったと
名前が気付いてくれたら私は嬉しい。