静寂に支配された室内では、紙を捲る音しか聞こえない。誰もが嫌がるこの静かな図書室空間で本を読むのがナマエの楽しみであった。
日当たりも悪く、節電のためか電気も消しているので光源は窓から差す日差しのみ。その上、古本独特のにおいが充満する場所は生徒には、ここ図書室はウケが悪い。それに追い打ちをかけるように、規模は小さいが設備が充実した図書室が出来たので数少ない利用者はそちらに流れていった。今ではこの図書室を利用するのはナマエだけだった。
それでも、ナマエはこの図書室を求めていた。皆で騒ぐのも好きだが、1人の時間も大好きなナマエにとって、静かな空間はとっても魅力的だ。このにおいも、本が好きなナマエには苦にならない。それに…

ナマエは窓の外に視線を向ける。そこに写る若葉色にナマエは頬を緩ませた。スパーダ・ベルフォルマ。彼がグランドで友人達と遊んでいるところが、ここからはよく見えるのだ。

何故、スパーダ・ベルフォルマを視線で追ってしまうのか。彼に恋をしているわけではないと思う。幼馴染の彼女や友人と恋バナをしたりするが、自分には全く当てはまらなかったし、そして何より、別に彼とお近付きになりたいわけでもなかった。



そんな毎日おくっていたナマエ。幼馴染のチトセと友人のイリアが部活に励んでいる間、私はあの図書室に訪れ、本を読む。そして、たまにグランドで遊ぶ彼を眺めて…

今日もそうなるはずだった。はず、だったのに。苛立ちからか、図書室へと向かう足が早くなった。
ナマエが図書室へと向かうのが遅くなった理由、それは──日誌だった。日直だったナマエに、書くネタなんてものはなく、何を書こう…とずっと考えていた。悩んで悩んで悩みまくった結果…昨日の晩御飯のレシピを書いておいた。美味しかったから是非作ってみて欲しい。


──とまあ、こんな事があったのでこんなに遅くなってしまい。もう彼は帰ってるよな…と思いながら図書室の扉を開ける。


──!?」


何故か彼がここにいた。普段私が座る席に座り、顔を伏せて。少しだけ開けてある窓から風が入ってきているようで、カーテンが風に揺れている。当然、窓際にいる彼の若葉色も、風に揺れて。その光景が名画のように綺麗で、


──……」


息が、止まった。動悸がする。彼から目が離せなくなった。
ゆっくりと彼に近付く。彼は眠っていた。口からもれる寝息と共に、肩が上下している。


「……あ、」


はっと正気に戻ったナマエは、風邪をひいてはいけないと、自分が着ている上着を彼にかけた。


「ん……」


その時だった、彼の頭がゆっくりと上がっていく。うっすらと開いた灰色の瞳が、ナマエの瞳を捉えた。


「ナマエ…?」


彼は知っていた、私の事を。その事が恥ずかしくて、そして何より嬉しくて。ナマエは顔に集まった熱をごまかすように咳払いをした。


「あ、の……珍しいですね。ここには私以外は来ないから…」


近くの本棚から本を手に取ると、ごく自然に彼の向かいの席に座り、本に視線を落とす。いつもの行動を心掛けてみたけど、はたして私は自然だっただろうか。それが分からないくらい、緊張していた。
ナマエはちらりと彼を見てみる。どうやら一連の流れを行なっている間に彼は覚醒したようだ、ぼーっとした様子は見られない。視線を本に戻し、ぺらりとページを捲る。内容は入ってこなかった。


「ああ、いや……今日はいねェんだなって」


彼の言葉でページを捲る指が止まった。認識、されていた?どこから、どこまで?もしかしてあなたを見ていた事、知っている?
どきどきと音を立てる胸を抑えて、必死に自然を装う。


「今日は日直だったから……」


声は震えてなかっただろうか?分からない、わからない。ナマエは顔を上げず、本に視線を落としたまま。
彼はそうか…と返事をすると、そのまま黙り込んでしまった。視線を感じる事から、彼は私を見ている事が分かる。


「あのさ……いつも、この席から外を眺めてるよな」


彼の言葉に、ナマエはバッと彼に視線を向ける。頬杖しながらこちらを見つめる彼の瞳は優しげで、まるでこちらを愛おしいと言っているかのようで。ナマエは声を失った。


──知ってる、お前が何を見てたのか。オレもお前の事見てたから」


彼は何事もなかったかのように平然と告げると、もう用は無いとばかりに席を立ち、入り口へと歩いていく。
何も、言えなかった。彼も私を見ていた?そんなの、そんなの……すごく、嬉しい。どんどん顔が紅潮していくのが分かった。だってこんなに顔が熱いんだから。

彼は入り口付近で立ち止まり、そして振り返る。その表情は、彼が普段友人に向ける悪どい笑みで。


──また明日な、ナマエ」

「は、はい…また明日…」


ナマエは震える声で返事を返すと、彼は にっと笑い、そして今度こそ図書室を出て行った。


「はぁ……っ」


彼がいなくなったと同時に顔を伏せるナマエ。
もう、分かってしまった。胸の中で芽生えた感情の名前を。

明日から何かが変わる──ナマエはそう、確信した。