学校に連絡して、涼太にメールを送って、さぁ再びベッドにイン。
 何でこんな時に風邪なんて引いてるんだ俺は。夏風邪は辛いんだぞ。
 こほこほと咳をすると、しんとした静かさがよく目立ってどうにも落ち着かない。

 昔はどちらかというと一人静かにいる方が好きだった。そっちの方が、誰かに気を使う必要も無かったから楽だったから。黙々と本を読んだりただぼーっとしたりして過ごしていた。その間誰一人として話しかけてこなかったのは、俺が自分でも知らないうちに壁を作っていたからなのだろう。今ならよく分かる。
 でも現在は毎日毎日よく飽きないなってくらいに話しかけてくるやつがいるから、全くの真逆である。
 寝返りをうつと、額に載せられていたタオルが布団の上に落ちた。ていうか母さん、貼るやつ無かったの?
 既に生温くなっているそれを再び額に戻す気にもなれず、手にとって軽く左右に振る。暫くしたら少しは冷えるだろうと思ったが、どうやらそれより早く体力が尽きてしまったようだ。

『はー……めんどくさ……』

 ボスッと音を発てて掛け布団の上に腕も落ちる。
 怠くて怠くて仕方無い。もう指一本動かす気にもなれない。
 涼太、今頃何してんのかな。次目が覚めたら目の前に、なんて、あるわけないか。
 段々と意識が微睡みの中に漂い出し、やがて完全にフェードアウトした。


(side 黄瀬)
 家につくまでの道にあったコンビニにてちょっとした見舞品を購入。と言ってもゼリーとか水とか、見舞ネタによくあるもの。でもそんなもんだろ。病人にこれ食えあれ食え言えないし。
 十中八九制服を着ているからだろうが、周りからの視線が痛い。学校サボってるんだからいけないのは俺の方である。その視線が正解。
 俺はただ、響っちが心配なんスよ。
 胸中でぽつりと呟いた。
 水城家には何度か遊びに来た事がある。殆どこっちが無理矢理押し掛けたんだけど。
 響っちのお母さんすげぇ優しいの。それで息子とは逆で誰に対してもフレンドリー。初対面の人に、ごはん食べてかない? とか、泊まってかないの? とか言う人はそうそういないだろう。(家にあげるどころか住所を教えることさえ渋ってた響っちはまず有り得ない。)それとも只、気に入られたか。
 何にせよ、凄く居心地が好い空間だ。
 って、俺はいつまで玄関に立ってるつもりなんだろう。
 チャイムを鳴らして人が出てくるのを待つ。すると数秒もしないうちに扉が開いた。

「おはようございます」

 挨拶をする俺を見て、出迎えてくれた人、響っちのお母さんは少し笑った。

「やっぱり、涼太君が来る気がしてたのよ」
「え?」
「ちょっと貴方に頼みたい事があるんだけどいいかしら」

 よく見たらお母さんの腕には鞄が提げてあり、これからこのまま買い物にでも行こうとしていたようだ。
 来たのが俺だと思って鞄を持ってきたらしく、正解で良かったと優しい笑みを浮かべる。これから買い物に行くつもりなんだけど、響の様子を見ててほしいのと続ける彼女に二つ返事を返すと、ありがとうと言って出掛けて行った。
 姿が見えなくなるまで見送って、ドアノブをひねり扉を開ける。
 信用されてるのかなんなのかよくわからないけど、もしそうだったら心が痛い。俺は貴女の息子さんをそういう目で見てます、なんて口が裂けても言えない。言えるものか。
 響っちも俺のことを嫌ってないみたいだし、好かれてる自信はある。でもそこにあるのは違う好き。
 靴を脱ぎ、そのまま階段を上がる。静かな家にとんとんという音だけが響いた。
 なんか、変に緊張してきた。
 とりあえず深呼吸して部屋の扉を叩いた。

0424


ALICE+