(side 黄瀬)
『この時間の方が、よっぽど大切だろ』

 小さな声が耳に届いた。
 それは、ええと、つまり。
 思いもしなかった言葉に、どうしたらいいかわからなくなる。
 やばい、嬉しい。僅かに顔が熱くなる。少しでも見られないように、顔を上げようとする響っちから顔を背けた。
 例え俺の抱く感情とは違う意味で生まれた言葉だとしても、響っちの口から俺に向けて出た事が嬉しかった。
 初めてな気がする。一つの言葉にここまで揺れたの。
 周りから見たらやはり異様な光景だろうか。だろうな。
 でもそんなの気にも出来ないくらいで。

「やっぱ、優しいッスね」

 ぽんぽんと頭を撫でる。ワンテンポ遅れてその手は振り払われた。

『……子供扱いすんなよ』
「ありがとうってことッスよ」

 へらりと笑って見せると、響っちも控え目だが笑ってくれた。
 その時、おい、黄瀬いるか? と誰かが喋った。
 俺達は廊下から離れた窓際にいるが、ここまでしっかり届いた。
 この声は。ぴくりと反応する。
 目を向けたら、まさしく頭に浮かんだ人物にぴったり当てはまった。
 響っちにちょっと行ってくるッスと断りをいれてそちらに歩く。

「青峰っち! どうしたんスか?」
「今日の部活の事なんだけどよ……お、あれがお前の言ってたなんとか響か」

 途中で話を切り、俺の肩越しに響っちを見付けたらしい青峰っち。
 水城ッスよ! と言い返したら何でもいいよと軽くあしらわれた。や、全然よくないッスよ……。

「いかにも平凡そうなやつだな」
「青峰っちよりはずっとずっと頭がいいッスよ」
「てめっ、言ったな」

 ばしんと容赦なく殴られる。
 顔じゃないからまだよかったけど、たんこぶ出来たらどうするんスか!!
 案外痛かったそれに半泣きになって文句を言う。が、青峰っちはお前が悪いんだろと鼻で笑った。畜生……。
 ところで今日の部活について、何の話があるのだろうか。

「早く戻りたいんスから、ちゃっちゃと頼むッス」

 頭上でひりひりする痛みと共に存在するたんこぶを擦りながら急かす。
 すると用件を忘れてたらしい彼は、あぁと思い出したように言った。
 その内容に、俺は胸を弾ませた。早く、早く、伝えたい。
 喜び、逸る思いとは裏腹に、一緒に過ごせる時間が更に減ってしまうのかと思うと、複雑な気持ちにもなった。

 君は、どんな思いを抱く?


0623


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