「ありがとうございました」

 今日最後の授業が終わった。ちらほらとクラスメイトが帰りだし、しかし俺はまだ帰れない。何故なら委員会があるからだ。
 くそ、面倒だな……。
 机に置いた鞄に顔を埋めて、はぁと溜め息を吐いた。
 どうせまた大したことない内容なんだろう。
 けれどいつまでもこうしていて委員会に遅刻するわけにはいかないので、重い動作で立ち上がった。
 その時ぽんと頭に何かが当たった。何だと視線を横に向けると、涼太がいた。

「いってらっしゃい響っち」
『お前もな』

 一気に心中が明るくなる。
 二人でハイタッチをして笑うと、お互いに教室を出た。





 図書室についたら、どうやらもう皆集まっているようだった。つまり俺が最後か。
 だけどまだ始まってはいないということは……俺待ち? 遅刻しちゃった感じ?
 それって凄く申し訳ないんじゃ……。

『先輩、今ってどういう状況なんですか?』
「ん? あぁ、遅かったな。お前と黒子を待ってたんだが……」

 クロコ、って。
 聞き覚えがある、どころじゃない。
 そうだ! 同じ委員会の黒子テツヤ! ……なんですっかり忘れてたんだろう。それってつまり会ったこともあるってことだよな。今一思い出せないけど。
 ふんふんと一人納得する。やはり近くの人だった。
 鞄を適当に床に置き、その黒子が来るまでの間何か本でも読んで時間を潰そうと一冊手に取った時。
 突然だった。

「あの、僕はここです」

 ……え。

『うわぁっ!!? おおおお前、いつの間に!?』
「君が来るより前からいました」

 全然気付かなかった。
 バクバクと速まる鼓動を鎮めようと胸を押さえる。
 俺が来るより前? そんな馬鹿な。だってここにいたなら気付くだろ、誰だって……何より俺が。
 まるで突然湧いて出たみたいな出現の仕方をしといて、そんなこと言われたって。
 ……いや、出現したんじゃない、ちゃんといたんだ。ただ俺達が気付いていなかっただけ。
 そうだ、黒子テツヤは超絶影が薄い。
 その記憶が引っ張り出された時には、鼓動はいつものペースに戻っていた。
 そっか、そっか。
 その後委員会で言われた内容は全く頭に入らなかった。加えて、やはりたいしたことではなかったようで、あっという間に話は終わった。
 そして今、なぜか黒子テツヤと二人きりである。
 何か話題を振ってみるか。

『あの、さ……黒子ってバスケ部だよな』
「はい」
『涼、黄瀬涼太がお前のこと凄いって言ってたぞ』
「はぁ」

 ……はい会話終了。何だこれ殆ど一方的に俺が話してるだけじゃん。
 あと何か話題に出来そうなことあったっけと考えては溜め息を吐きたくなった。珍しく自分から他人にコミュニケーションを図ろうとしたらこれだよ。

「……あの」
『どうした?』
「水城響くんで違いないですよね」

 黒子が読んでいた本から僅かに顔を上げ、視線をこちらによこす。
 その名前なのは、この学校では俺だけだと思うが。
 何故確認されたかは不明だが、とりあえず正しいので頷いておく。
 すると黒子は、顔もこちらに向けた。

「その黄瀬くんがいつも話してくるので、君のことを」
『……あっ、はい、うん、そうなんだ』

 何だかこの前も似たようなことを聞いたような。
 涼太、何でそんなに俺のことをいろんな人に話してんだよ……。
 確かに、嬉しいとは思う。内容によりけりだけど。でも恥ずかしさもある。
 涼太にとっては、昨日俺に黒子のことを話したくらいのあっさりしたものなのだろうが。
 そうか、と再び言うと、黒子は何かを言おうとして、しかし何も言わなかった。

『いいよなー黒子は、いつも涼太がバスケする姿見えて』
「水城くんも入りませんか?」
『俺、部活には入る気ないから』

 かといってただ練習風景を見に行くのは邪魔になるだろう。何かきっかけがあれば行ける、かもしれない。
 そう告げると、じゃあ、と返ってきた。

「僕がきっかけをあげます。今から部活行くんですが……これ、明日の朝に提出しないといけない課題なんですよ」

 鞄から一枚のプリントを取り出し俺に見せる。だからどうしたと首を傾げていると、そのプリントが机に置かれた。
 どことなく楽しそうな顔をしているように見えるのは気のせい、じゃない気がする。
 黒子は鞄を閉め、プリントをそのままにじゃあ行ってきますと出ていった。
 これ、どうしろって言うんだ?だって忘れたら不味いんじゃ……。
 机上にぽつんと置いてきぼりにされた白い紙と、それを置いていった人物が出ていった扉を交互に見る。
 ああ、そういうことか。
 暫くして彼の意図が理解できた俺は、荷物とプリントを持って、急いで図書室を出た。


0706


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