(side 黄瀬)
 くそっ、何だって言うんだ。
 ガンと机を蹴り飛ばしたくなった。
 頭に有るのは朝から、いや昨日のあの時からずっと響の事。突然俺の事を大嫌いだったと告げた響の事だけ。
 何で今更そんな事言うんスか。
 同じ事をぐるぐる考えながら、でも何を考えても納得なんていかない。どうしようもなく苛立って、しかし行き場なんて無いから心で燻っている。少しの事でも火が点きそうだ。

 分からなかった。あの時、響の気持ちが。何かを抑え込んでいるのは見て取れた。でも、何を思ってあの言葉を吐いたのかが分からない。
 分かっていたらこんなに悩んでいないさ。
 机に突っ伏して朝から眠り続ける響。昨日俺は先に逃げてしまったけど、一体いつまであの場にいたんだろうか。怖くなって、気を抜けばいつでも震えてしまいそうだ。今日の朝来た時も、どうか嘘であってほしいと願った。だけど俺に視線一つよこさない響が紛れもない真実だと言っていた。

「嫌いって言葉、あんなに痛かったんだ」

 確かめるように口に出す。
 モデルという職業は(それに限らないが)嫌でも大衆の目に入る。人気とくれば尚更だ。だから好きも嫌いも俺に届く。今まで沢山好きだと言われ、反面沢山嫌いだと言われてきた。
 割り切っていたからかもしれない。はたまた不特定多数だから、特別仲が良い人じゃなかったからなのか。……自然と慣れてしまって全てが同じに聞こえたのかもしれない。好きも嫌いも等価値になっていて、特に嬉しいとも悲しいとも思う必要が無かった。
 しかし響から言われる好きは何よりも嬉しい言葉で、嫌いは何よりも聞きたくない言葉。だからこそ、応えた。
 だからこそ、何故今更になって言うのかが理解できなかった。

 結局午前の授業は全て聞いていなかった。もともと、好きな事以外にはおよそ真面目に取り組んでいるとは言えない俺だけど、ここまで何もしなかったのは初めてだった。
 俺が何かしてしまったのだろうか。駄目な所が有ったのだろうか。もしそうだったら直すから、それが無理でも、せめて努力するから。嫌いだなんて、言わないで。これからも俺の傍にいてほしいんスよ。響が望むなら、今のままの関係で構わないから。

「これ以上は望まないから」

 何度目かの誓い。
 昼になり、一人でいるせいか一気に女子に囲まれる。これじゃあ身動きがとれない。苛立ちを隠して笑顔で対応する。
 悪いけど、君等の言葉は俺には何も響かない。
 シャットアウトされていく思考の端に、小さなくしゃみが聞こえた。
 また、風邪引いちゃったんスか?
 脳裏にはそう小さく笑う俺が、独りだけ。


0811


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