どうやら噂は満遍なく広がったようだった。あれから二日も経っていない。
 噂話ってのは有る事無い事すぐに広がっていく。興味ない人の耳にも入っていく。
 でもそれでいい。それでいいんだ。
 ガラリと教室の扉を開けて中に入る。ガヤガヤと五月蝿かった空間は、水を差したように静かになった。そして聞こえるのは男子も女子もひそひそ話。

 何も気にしない振りをして席まで歩く。正直今すぐにでも逃げ出したかった。
 通る途中涼太の席が目に入ったが、そこには誰もいなかった。

「水城と黄瀬って、やっぱ本当なのかな」
「だとしたら水城くん酷くない? 黄瀬くん、あんなに好意的に接してたのに」

 悪者に仕立てあげればいい。俺は構わない。
 ただ、ちらりと聞こえた方を向いただけなのに、ちょっと、睨んでるよ、怖い、なんて言われたのは流石に傷付いた。睨んでないのに、そんなに怖い顔だっただろうか。
 視線を窓の外に移すと、明るい声と共に誰かが教室に入ってきた。誰か、なんて訊かなくてもわかる。
 ……涼太だ。
 涼太は一瞬固まると、どうしたんスか? 皆怖い顔して、と笑った。
 シンと静まって、皆が気不味そうに目を逸らす。そしてある男子が口を開いた。

「皆、黄瀬と水城が絶交したって聞いてさ、しかも水城がかなり酷いこと言ったとか何だとか。本当なのかなーって。だってお前らうちのクラスで一番仲良さそうだったじゃん」

 声に続いて周りもうんうんと頷く。
 今度こそ、涼太の笑顔は固まった。あ、戸惑ってる、なんてすぐ分かるくらい近くにいたんだな、俺。
 何て返せばいいのか。泡を食う涼太は珍しく迷っているようで、その口からはええと、その、しか出てこない。
 見てるだけにしようかと思ったけど、いいか。

『本当だよ。てかそもそも仲良くなんかしてないし、そう見えたなら、俺の演技力の賜物だな』

 嘲笑を浮かべながら、主人公嫌われルートによくありがちな感じを出す(あまりよく知らないけど中二くさいとはこの事だろうか)。
 何それ。一人の女子が呟く。
 そのままだけど。しれっと返す。
 さぁ、勘違いしてくれ。俺が涼太を嫌いだって、思い込んでくれ。心の中で手を組む。
 俺達は付き合ってなんかない。そういう変な話に尾鰭が付いて悪化して、涼太をおかしくする前に。
 涼太に嫌われる以上に怖いことなんか何もないんだ。嫌われたかどうかはまだよくわからないけど、その道を進んだ俺にはもう怖いことなんかない。
 着々と壁を作っていく。高くて分厚い壁を。

『友達ごっこは楽しかった? ……もう馴れ馴れしくすんなよ』

 どうか幸せになってほしい。
 お前への感情は、その中にひっそりと閉じ込めようか。


0813


ALICE+