コロコロ。体育館の側を通り過ぎた時、足下にバスケットボールが一つ転がってきた。
ひょいと持ち上げて、でも体育館には近付きたくないからどうしようか迷っていると、ここまでボールを出したらしい人が走って出てきた。
あ、緑の人だ。
緑の人は俺を見ると僅かに目を見開き、言った。
「……あの時はすまなかったな」
『あの時って?』
「お前が風邪をひいたらしい時だ!黄瀬が、代わりに不幸を受けてくれたのだから謝っておけと五月蝿くてな」
そんな事も有ったな。
ぼんやり思い出しながら緑くんを見上げた。
『もう治ったんで……大丈夫、です』
ボールをずいと差し出し、小さく返す。あれからは風邪をひかなければ腹痛も頭痛もない。(今は微妙に風邪気味っぽいけど)至って健康体だ。
今は風邪をひいても心配してくれる人なんかいない。それも同時に思い出して、頭に涼太の顔が浮かぶ。モヤモヤと、心に霧がかかっていくみたいだ。胸元をぎゅ、と握った。
『……じゃあ』
「あっ、水城くん」
緑くんに向かって上げようとしていた手は、いきなりの声に固まった。そして顔を声の主、黒子に向けた。
少し微笑んだ黒子を無視するわけにもいかず、体育館の入口まで歩く。あの日から仲良くなったなぁ俺達、なんて思う。
どうやら黒子は俺が涼太を見に来たとでも思ったようで、今青峰くんと1on1してますよと視線を動かした。それを追いかけて先を見ると、青と黄色が忙しなく走っていた。ボールを取っては取られ、更に取り返し、でも必ず青が勝つ。その度に悔しそうにもう一回! と叫ぶ。
両者とも疲れた顔はしているが、とても楽しそうだ。
『……なんだ、全然余裕そうじゃん』
無意識のうちに口唇から溢れ出た。それが聞こえたらしい黒子はきょとんと俺を見た。
もしかして、知らないのか。そうだったなら、成る程、黒子が涼太の事をわざわざ教えてくれる筈だ。
ほっといてもどうせそのうち知る事になるさ。何でも無いと言おうと口を開くと、後ろからの声に遮られた。
さっきから何なんだ。うんざりと振り返ると、緑くんが立っていた。
鋭い眼光が眼鏡の奥から覗く。
背の高さも相まって気後れしそうになったが、ぐ、と耐えた。
「お前は、あれが余裕そうに見えるのか」
『俺にはどう見たってそう見えるけど』
「……黄瀬とずっと一緒にいたお前なら気付かない筈が無い。自分の良いように思い込んで、安心しようとしてるだけじゃないのか」
『っ!!』
カッと頭に血が上る。
知ったような口を利くな。
そんなわけないと反論しようとしたが、どういうわけか否定の言葉が出なかった。代わりに口を吐いて出た声は、酷く震えていた。
『あの時みたいな顔は、もうしてないだろ』
緑くんの眉間が不快だとでも言わんばかりに寄り、何も知らないであろう黒子の表情も硬くなる。
居た堪れない気持ちになって、何となくもう一度涼太を見た。馬鹿みたいにヘラヘラとずっと笑っていて、いつもより余計に笑顔でいる。それは、いくら涼太がモデルをしていて作り笑いが上手かったとしても、無理しているのがすぐにわかった。
道理で緑くんの言った事を否定できない訳だ。頭では納得してしまってるんだ。そう完全に理解したとき、感情がぶわりと溢れてきた。
キリキリ痛みだす胸と滲む視界を誤魔化すように、唇を強く噛み締める。
もう自分でも、わけがわからない。目的さえ忘れてしまいそうだ。
血の味がじわりと口内に広がった。
ついに黙りこんだ俺に緑くんは鼻を鳴らすと、
「ついでに言っておくが、俺は緑くんなどではない。緑間真太郎なのだよ」
と言って、無理矢理黒子を押しながら体育館に入っていった。
俺は最後まで、否定することが出来なかった。
0814