(side 黄瀬)
 入学式という大切な日に遅刻をしてしまった俺は、もう諦めてゆっくり登校していた。
 大切な日と言っても、どうせ校長や代表の長たらしい話を聞くだけ。だったら行かなくたって大したことはないだろう。
 あちこちの桜が、絢爛たる花弁の雨を降らしている。空中で揺れるピンクは確かに綺麗だ。が、地面に落ちて容赦なく靴底に踏まれたおよそ同じものとは思えないそれを見てみると、何とも言えない。
 可哀想とは思わない。只ふぅんと、それだけ。

 どうせここでも同じ生活が待ってる。退屈で、窮屈で、何の楽しみもない。
 ほら、今だって女子生徒がキャーキャー騒いでいる。適当に笑って手を振るだけでそいつらは喜ぶから何て単純。何て馬鹿らしい。
 冷めてる自分がいるのは充分に自覚している。だって何したって簡単に出来ちゃうからつまらないし、容姿が良いから女の子はコロッと簡単に落ちるし。どいつもこいつも、モデルの彼氏がいる、という自己のステータスを上げるためだろうけど。
 ……そんな人生、何が楽しい。
 男からは常に妬みを買っているのも、理解している。しかしだからなんだ。俺には関係ない。

「(ここ、か)」

 いろんな視線を浴びながらたどり着いた教室。
 ガラリと扉を開けるとまた集中する目。慣れてしまえばどうってことない。それがどんな意味を持っていようと。

「(確か窓際だったよな)」

 室内に沢山詰まった人を避けつつ前に進む。
 隣席に座る男が目に入った。一人ぶつぶつと何かを言っていて、正直変だ。顔もよく見えないからどんな人物だろうか予測もできない。
 綺麗に整えられた机に鞄を起き、椅子に座る。
 とりあえず自己紹介は必要だろう。すぐ隣を向いて、

「君が隣? 俺は黄瀬涼太ッス、一年間どーぞよろしく」

 とよろしくする気なんか更々無いことを隠しつつ笑顔を作った。
 そいつは暫く黙ると、小さく口を開いた。

『……モデルの?』
「そッスよ! で、君の名前は?」

 やっぱり知ってるよな。こいつも、同じ。
 驚いた様子の隣人は、か細い声で喋った。
 水城、響、です。
 只でさえ小さい声が段々小さくなる。この五月蝿さの中、なんとか聞き取った俺を誉めてやりたい。
 頬を真っ赤に染めた彼は、落ち着かない様だった。よく見たら顔は結構整っている。
 お前は男慣れしてない女か。つい口が滑りそうになる。

「響ッスね、よろしく!」

 これ以上ないくらいの嘘の笑顔を貼り付けると、ぴくりとも動かなくなった。
 あ、なんか面白いかも。いい玩具を見付けた気分で、ニヤリと笑う。
 当分暇はしなさそうだな。
 ……この時はその程度の認識だった。
 それが、俺と響の出会いだった。


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