(side 黄瀬)
「ったく、先生説教長すぎッスよ……」

 只課題を出し忘れただけなのに、かれこれ三十分くらいは説教された気がする。長けりゃ効くって訳じゃないのに。
 あーあ、完全赤司っちに怒られる。
 げんなりとしながら荷物を取りに教室に戻る。昼間の騒がしさがまるで嘘の様に静かな空間。
 そこに、君がいた。

「響っち」

 机に日誌を広げて、その上に被さるように眠っている。時折開けたままの窓から入る風が髪を揺らしていく。
 ドクンと身体の真ん中が疼いて、ここだけ時間が止まったようだった。
 無意識のうちに足が動き、気付いたら響っちの横に立っていた。ふわりと揺れる柔らかな髪の毛を触っていた。
 久しぶりだ、こんなに近くで響っちを見るの。
 あの日の事は今でもよく覚えてる。むしゃくしゃして、悲しくて、公園を去った後に土砂降りの雨が降った。響っちは多分、あの後も暫くいたのだろう。

「(また風邪引いたらどうするんスか)」

 理由なんて分からないまま。突然すぎて、こじつけのようにあれが駄目だったこれが駄目だったとか考えたって、やはりどれもしっくりこなかった。もはや御手上げ状態だった。
 強引に聞き出そうと思えば出来なくはないが、今以上に嫌われてしまうかもしれないというリスクを背負ってまでその手は使いたくない。奥の、奥の手だ。

 もうきっと、傍にはいさせてくれない。近くで笑顔を見ることだって出来ない。
 だからおそらくこれが最後。諦めきれない恋を、壊れないように拾い上げる。全身が燃えるように熱を持ち、黄瀬涼太と言う皮を一枚被った恋情たっぷりの雄の部分が姿を現す。
 響の頭に置いていた手を、頭を跨いだ反対側に置き、こちらを向いた半開きの唇に静かに噛み付いた。満たされていく感覚に溺れて、全てを忘れ去って。相手が何の反応も示さず眠り続けているのを良いことに、何度も何度も口付けた。
 嗚呼、汚している。
 その事実にぞくりと全身が粟立つ。
 もっと触れて、俺で一杯にして、どろどろに甘やかして、俺無しじゃ生きられないようにしたい。だなんて収まらない欲が迸っている。
 響が、欲しい。

「っ、は……」

 唇を離すと、とりあえず落ち着かせようと深く呼吸をした。
 これまでの熱情が嘘だったかのようにほとぼりまですぐに冷め、生きてきた中で一番の罪悪感に苛まれる。
 やらかした。どうしよう。起きてない、よな。
 夢中になりすぎて考える事を欠いていた頭に不安が顔を出した。否、でも理性が完全に無くならなかっただけ、まだよかったんじゃないか。そういう事にしとこう。

 素早く自席から鞄を取って教室の出口へと足を運ぶ。途中でまた風が入ってきて、響っちの小さな声が聞こえた。
 やばっ、起きた!?
 振り返って確認したら、どうやら身動ぎしただけのようだった。よかった、と安堵の溜め息がもれる。もぞもぞと自分の服を掴んで眠る響っちは何だか寒そうにしている様に見えた。
 ……やっぱ風邪引いてんのかな。窓際まで歩いて、窓を閉める。
 名残惜しいけど、

「じゃあね、響っち」


0821


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