誰もいなくなった教室。涼太が隣にいて、俺を見詰めている。

『(懐かしい黄色の瞳)』

 にっこりと笑っては、俺の手を掴み引き寄せた。真正面から抱き締められたのは初めてだと思う。すっぽりとその腕の中に収まってしまうほど、俺の身体は小さかった。

『(いや、何やってんだ……!)』

 はっと我に帰り、もがき抵抗する。
 早く離れてくれと涼太の胸板を押しても、全然びくともしない。それどころかより強く閉じ込められてしまう。
 どう見てもスキンシップでは納められないこの状態。誰かに見られでもしたらどうするつもりなんだろうか。
 文句を言おうと口を開くが、声が全く出なかった。一体何が起きてるんだ。

 これは嘘か、本当か。夢か現か。
 ん……夢……? そうか、これは夢だ。
 そう理解した瞬間、慌てていた自分はどこかに行ってしまった。
 とうとうこんな夢まで見てしまうなんて。相当重症のようだ。
 恥ずかしくなって、目の前の胸に額をあてて下を向く。
 好き。

『(嫌い)』

 腕がほどけて、頭を数回撫でられる。その手はゆるりと輪郭をなぞり、俺の口許まで落ちた。ぐいと上を向けさせられ、涼太の親指が唇を滑る。
 どうしよう。
 呑まれていくのが自分でも分かる。熱を帯びて、首から上が異常なほど熱い。
 好きだ。

『(嫌い)』

 ぎらついた瞳に捕らえられて指一本動かせない。今、俺が独り占めしてるんだ。それがずっと頭を支配して、ちょっとした優越感に浸る。
 整った顔が近付いてきて、俺もゆっくり目を閉じる。
 無意識に涼太の腕を掴んでいた。
 好き。

『(……好き)』

 小さな温もりに触れる。それは何度も角度を変えて押し当てられ、やがて残り香を残して離れていった。
 とても穏やかな心境につい笑みが浮かぶ。それと共に、無性に泣きたくなった。
 ごめん、ごめん。ごめんなさい。
 何に謝っているのか、全部に謝っているのか。離れてしまったことで寒くなった身体を抱き締めて、口だけを動かして喋る。
 いつの間にか涼太は消えてしまっていたけど、ずっとずっと謝っていた。




 目が覚めたら、もう夕日が出ているような時間だった。まだ覚醒しきってない頭で教室を見回す。俺が寝始めてから誰かが来たような感じはなく、ずっと一人だったようだ。
 よく眠れた。最近全然寝れなかったしな。欠伸をして俺がここにいる目的だった日誌の続きを書こうとシャーペンを握った。

 ふと気付く。俺、窓閉めたか? 最初に日誌を書いちゃおうかと思って、座って……。
 ううん、やっぱり閉めてない。じゃあ誰か来たってことか?

『……ま、誰でもいいか』

 そう言えば、何か凄い夢を見ていた気がしたんだけど、何だったかな。懐かしいって感じて、胸が温かくなったのはよく覚えている。確か人がいたと思うんだけど。
 シャーペンを滑らせながら考えるも、書き終わる頃にはすっかり忘れてしまっていた。

『(あ、この匂い……知ってる)』

 立ち上がるときに鼻孔を通り過ぎた匂いには覚えがあって、ぽつんと立ち竦んだ。


0824


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