とっぷりと暗くなった夜空の下、俺と涼太は二人で帰路を歩いていた。点々とした街灯の灯りだけを頼りに、緩いペースで足を動かす。
 この道は歩くにつれて人通りも減っていく。たまに車が通るくらいだ。その為、ここには俺達だけしかいないという錯覚に陥る事も、しばしばある。素直に感情が出てくるようになったもんだ。
 何でもない話をしながら帰るのが楽しくて、この二人きりの時間はあっという間に過ぎ去っていく。惜しむ間もなく。
 ……ふと、またかと笑われそうだけど、どうしても言葉にしたくなった。最近身に染みて実感した事。言える時に、言わなくちゃ。

『俺、本気でお前の隣には他の誰かが、お前を愛してくれる女の子がいるべきだと思ってた』
「またその話?」

 涼太は小さく微笑む。もう良いんだって言いながら、それでもちゃんと聞いてくれる。

『だけど今、こうして涼太の隣を歩ける事がこんなにも嬉しいんだ』

 なんか、現金な奴だな。
 そう苦笑すると、現金じゃない人間なんてそういないよ、俺だってそうだと返された。同時にきゅ、と優しく手を握られて、無意識に涼太の顔を見上げた。嬉しそうに弧を描いた黄色と目があった。
 繋がった手からぽかぽかと熱が伝わる。胸が温かい。

「俺も親友以上は望まないって思ってた。けど、響を見てたらやっぱり無理だった」

 空いた手で頬を掻くと、大息を吐く。
 態と逸らされた瞳には何処と無く、そう、欲と呼べそうな色がちらついていた気がした。思わずドキッと心臓が跳ねる。

「手に入れたくて、手放したくなくて、仕様が無くなった」

 口も同様に弧を描く。嗚呼、気がしたんじゃなくてそうだったんだ。
 理解したら顔がカッと熱くなり、空いている右手で顔を覆った。
 何て言うのか。涼太と付き合いだしてから(未だに付き合うとか恋人とか考えるだけで恥ずかしい)、そういった感情に敏感になったと言うか。こいつが遠慮無く曝け出しているせいかもしれない。……気が置けない存在であると暗に言われてるのは、凄く嬉しいんだけどな。
 先程の涼太の様に大息を吐くと、態とがましくどうしたんスか? と訊かれた。分かってる癖に。声が明らかに楽しんでいるのが気に食わなくて、そっぽを向いて無視をした。餓鬼っぽいとは思ったが、本当に餓鬼なのだから今はまだこのままでいいとも思った。まだ足りない頭で下手に大人振るとろくな事も無いしな。
 そのままで夜道を歩いていたら、くんと左手が後ろに引かれた。どうやら手の先の相手が立ち止まったようだ。

『どうした?』

 しかし返事が無い。おまけに俯いている。
 正面に立って覗き込もうとするより早く繋がれた手が解かれ、代わりにその腕が掴まれた。逃がさないと言わんばかりにがしりと。掴んだ手は次第に下がっていき、熱を持ち始めた俺の手、指と絡まる。
 黄色は危険を示す色。それは人にも適用されるのだろうか。
 俯いた顔を僅かに上げ、揺らめく黄色い視線に見詰められる。街灯から少し離れた薄暗い場所にいるが、それでもその表情は見て取れた。
 不味い……!
 そう思った時には既に遅し。右手で顎を掬われ逃げられなくなっていた。

「絶対はなさない」

 近付く端正な顔に、病室での一瞬を思い出す。あの時は良いタイミングで黒子が来てくれた。しかし今は助けなど無い。それは疎か人っ子一人いない。
 このまま流されてもいい、と思った。どうせ誰もいない。暗がりにいる俺達を見る人なんて。ならば涼太の言った我儘とやらを受け入れたって、何の罰も当たらない筈だ。迷いもなくそう思った俺は、どうかしていたのかもしれない。
 ドクンドクンと鼓動が喧しくなり、もしかしたら涼太に聞こえてしまうんじゃないかという程身体中に響き、波打っている。
 静かに目を閉じると握られた手が微かに動いた。顔真っ赤、という小さな笑い声の後、唇に柔らかい物が当たった。ゆったりと、角度を変えては何度か重ねられる。その度に甘い香りが近付いては離れ、離れては近付いて、掻き乱していく。

「あー、幸せ」

 漸くキスを止めてくれた涼太は、俺の肩口に額を当てるように寄り掛かる。
 しかし俺は心中穏やかではなかった。教室で見た、あの夢。どうしても忘れられなくて、でも余りの恥ずかしさにいつの間にか記憶の片隅に置かれていた。

『……夢じゃなかった』
「え、何の話? まさか今が夢だとでも思ってたの?」

 涼太が慌てた様に顔を上げる。まさか何をいきなり言い出すのかと焦りと不安を滲ませている。
 あの時と同じ残り香。キスの仕方。それはリアルに、鮮明に、思い出された。
 そっと唇に触れる。それは自然と弓形になっていて、不思議な気持ちになる。
 こんなにも、嬉しい。
 あの時きっと、もう涼太の気持ちに気付いていた。それなのに、俺って馬鹿だよな。
 何も答えない俺に、未だに困惑している涼太。
 でもこれは俺だけの秘密。

『何でもないよ』

 弛んだ顔のまま涼太を見上げた。すると見る見るうちにその頬が朱に色付いていく。
 何か照れてる?
 そう思うより早く、抱き着いてきた。っやっぱり慣れない!!

「いっ今までで一番可愛かった!! もっかい笑って!」
『なっ、だ、誰がやるか!』

 振りほどいて荷物を思いっきり投げ付ける。痛いとかモデルの顔とか何とか聞こえたがこの際全部無視である。
 喚く涼太を置いてズンズンと先へ進む。その原動力がほぼ百パーセント照れ隠しだとはバレているのだろう。
 大体っ、可愛いとか言われたって嬉しくないし……もう一回とか、絶対笑ってなんてやるもんか。
 不満を垂れつつ二人分の荷物を持って俺の後を追ってくる。そんな姿さえも愛しく感じた。態とペースを落として荷物を引っ手繰り、慌てる手を強引に掴む。

「……素直じゃない」
『五月蝿いちゃんと素直だろ』
「はいはいそうッスね響は超素直だよ」

 ……、と僅かな間を置いて、顔を見合わせどちらともなく吹き出した。
 この先ずっと二人で笑いあえますように。支えあえますように。もし涼太に何かあったら、次は俺の番だ。
 そして何年先も、何十年先も、こうして歩いていけたらいいなぁ。
 そう、切に願った。


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