(side 黄瀬)
空を仰ぐと、澄み渡る青空の下を華やかな桜色が舞っていた。
ふと入学式を思い出す。あの時は遅刻して、こんなに綺麗な空を早々に見逃していた。降ってくる花弁をかわして進み、沢山の靴に踏まれて地面と一体化した花弁だったものだけが視界に入っていた。勿体無かった。
今思えば、俺達がまだ一年の時。響が初めて笑ってくれた時から俺の恋は始まってたんだと思う。……知らない振りをしてただけで。
だって、俺を黄瀬涼太として、等身大の俺を見てくれたから。
“モデルとか何だとか、関係ないだろ。俺は涼太がモデルじゃなくても、きっと好きになってた。てかむしろ、地のお前の方が良い”
初めは、お前に何が分かるって思ってた。会って間もないのに、分かるわけがないんだと。
事実その時は、俺だって響の事を全然知らなかったわけだ。知る気も更々無かった。
だからその時は、分かって堪るかと半ば意地を張っていた。
“中傷とかに慣れた気でいても、意外と触れられたらあっさり崩れるんだ。俺の前でぐらい、無理して笑わなくたっていい。ただの黄瀬涼太でいろ”
でもたどたどしく、しかししっかりとした意思を持つ言葉はすとんすとんと俺の中に落ちた。そしてそれらは、確かにじんわりと温かみを帯びていった。
好きの有り難さ、嫌いの重みを何となしに理解してきた俺だが、未だに言葉の力は計り知れない。
その言葉があったから、俺は響を好きになった。色々な事に気付けた。
逆を言うと、響がその言葉を言わなければ、そう思わなければ、響に会わなければ何も変わらなかったかもしれない。最後のは大分極論だが。
“……やっぱ、慣れないことはするもんじゃないな。心臓がバクバク言ってる”
間違いなくそこからは早かった。
(すっげぇ嬉しくて、そんで気が付いたらころっといってて)
照れたように笑う響に、かつて無いほど心臓が早鐘を打っていたのを覚えてる。男相手に何ドキドキしてんだって思ったことも。それに相手が男だし流石に無理か、と辟易もしていた。
でも響の傍にいれたら一等幸せだし、響がどこかに行ってしまったらどんな時より気落ちした。そして帰ってきたらまた歓喜して……って、これじゃ犬みたいだ。思い出して笑いが溢れる。それは今も変わらない、か。
『おい涼太、置いてくぞ』
数メートル先でこちらを振り向いて立つ。何だかんだ言って、待ってくれるんだよなぁ。
不思議そうに俺を見る響に、また笑みが浮かんだ。
「すぐ行くッスよ!」
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