(side黄瀬)
 あの転落事故をきっかけに、響っちは色んな人と話すようになった。
 まず、バスケ部のレギュラーメンバー。黒子っちはもとより、あの赤司っちまでも会話する姿が見えた。青峰っち繋がりで桃っちとも仲良くなったらしい。
 それからクラスメイト達。いつも連んでる海野や高山以外にも、多くのやつが話し掛けていた。そのどいつもが、悪いイメージは元から無かったけど、話してみると本当に良いやつ、みたいな反応だった。
 凄く良い傾向であると思っている。引っ込み思案で、俺や海野達がいないときは常に読書をしていた響っちが、ひっきりなしに誰かと話している。最初こそ訥弁だったが、今やとても楽しそうだ。
 けど同時に、俺の中でどろりとしたものが渦巻いているのも事実だった。誰も興味すら抱いてなかったくせに。お前達の中では空気同然の扱いだったくせに。今更になってしゃしゃり出てくるなんて、正直、本当に正直に言ってしまうと、邪魔に等しいのだ。
 談笑している響っちだけを、俺の瞳は映す。ジッと見ている俺に気付いたらしく、漸くこちらを向いた。

『ん、どうした涼太』

 その表情が、クラスメイトを相手にしたものとは明らかに違うことに、一人ほくそ笑む。どうせお前達は気付きすらしないだろう。
 言い様のない優越感。
 後ろから抱え込むように抱くと、一瞬だけ体が強張ったが、すぐに力が抜けた。この行為が独占欲から来るものだと響っちは知っている、からこそされるがままになってくれるのだ。

「今日の部活、いつもより早めに終わるんスよ」
『そうなのか?』
「うん、だからさ、帰りにどっか寄ってかない?」

 そう言うと露骨に嬉しそうな顔するもんだから、それが可愛くて堪らない。弛みそうになる頬をグッと引き締め、響っちの言葉を待った。
 もう答えは分かっているが、君の声で聞きたい。

『涼太が良いなら、行く』

 一言だけで、俺は満足だ。

『じゃあ図書室で待ってる』
「うん、出来るだけ早く行くね」

 するりと指通りの良い髪の毛を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。その余りの無防備さには常日頃悩まされているが、ここまで壁を壊すことが出来たという証明だ。寧ろ喜ぶべきことなのかもしれない。
 今すぐにきつく抱き締めて、柔らかな香りを一杯に吸い込みたいが、きっとそこまでは許してくれない。今日は、学校を出てから家に帰るまでの間ずっと独占できるのだから、この状態で甘んじよう。後にだって出来るのだから。

「水城、」

 只幸せに浸っていたら、その温かな空気を壊すように目の前にいたクラスメイトが声をかけてきた。ふい、と響っちの視線が俺から逸れる。
(これ以上の邪魔、しないでくんないかな)
 次いで俺も見ると、そいつの笑顔が固まった。口許が引き攣り、どこか冷や汗をかいているようにも見える。急に静かになったそいつに、響っちは首を傾げている。
 そう、気付かないでいい。気付かないままで、響は俺だけを見ていてほしい。ずっとずっと、その両目に、只俺だけを映していてくれたら。
 ついに俺の視線に耐えきれなくなったのか、クラスメイトは曖昧な言葉で濁しながら、そそくさと去っていった。

『俺、何かしたか?』
「否、何もしてないと思うけど」

 響は、ね。


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