はぁ。吐く息が白く染まる。つい先日までは透明だったのに、空気が一気に冷えたことで室内でもそれは色を変えた。
 窓外に見える景色は僅かに雪で覆われ、アスファルトも木々もその姿を隠し始めている。本格的な冬が来たのだ。
 俺は寒いのが苦手だ。手が悴んで動かなくなるのも嫌だし、そうしようと思ってなくても勝手に体が震えだすのも嫌いだ。兎に角、体の自由が奪われるのが本当に嫌だった。
 ポケットに忍ばせていたカイロを両手で包み暖をとる。じんわりと温かい。
 後は炬燵があれば文句無しなのに。
 微妙に温もり始めたばかりの教室はまだまだ冷えている。膝掛けを使っている女子を見掛けるが、荷物を増やしてまで持ってきたいとは思わない。ならば厚着をする方がいい。
 それにしても、遅い。もうすぐ朝のチャイムがなるのに、前の席は空っぽだ。
 メールは来ていなかったから、多分学校には来る筈だ。そう思って早五分。まぁ涼太が遅刻ギリギリで来るのはよくあることだし、余り心配はしないでいた。
 再度時計を確認すると、腕を枕にする形で机に突っ伏した。
 のも一瞬だった。

『うわぁぁあっ!?』

 項に何かがピトリと触れた。心臓が跳ね、肌に突き刺さるような冷たさだ。急に声をあげた俺に周囲がこちらを見たが、そんなことさえ気にならないくらいのショックだった。
 反射的に手をそこに持っていき、ぐるりと後ろを振り仰ぐ。満面の笑みで手をヒラヒラさせながら俺を見る涼太が立っていた。カイロ落ちたッスよとかぬかしている。

『お、前……何すんだ心臓に悪いだろが!!』
「いやぁこうしたら背筋が伸びるかと思って。猫背はよくないッスよ?」
『頼むから普通に言ってくれ殺す気かお前は』

 あっけらかんと言ってのける涼太に、俺はノンブレスで反撃する。
 何が背筋だ。俺の命の方が大事だろ。
 溜め息を吐きながらカイロを拾い、正面に向き直った。冷えた床に落ちたせいで微妙に冷たくなっていて、仕方無しにポケットに戻す。
 その際いつの間にかクラス中から生暖かい眼差しを向けられてることに気付き、恥ずかしさから何処と無く居辛い。高山と海野が茶茶を入れてこないだけまだましなのかもしれないが、止めてほしい。
 それら全てをシャットダウンするように肘をついて目を閉じた。
 すると、クスリと小さく笑い声がし、コトンと何かを置く音が聞こえた。うっすら目を開けると、そこには缶のミルクティーがあった。しかも俺の好きなやつ。

「響っち多分寒がってるだろうなと思って、行きに買ってきたッス。好きだったよね?」

 温かいッスよと続いた言葉に、口より先に手が出た。犇と両手で缶を包むと、温かさが直に伝わってくる。気遣いと、好みを覚えてくれていた嬉しさに自然と口許も綻んだ。

『てかあったなら手じゃなくてこっち当てろよ』
「えー、それじゃつまんないじゃない」
『……覚えてろよ』

 そんなのほほんとした、平和な日常。それがきっと、何よりも大切なんだ。
 熱を持った缶を頬に当てながら、チャイムの音を聞きながら、二人で笑った。


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