キャー!
 黄色の歓声に包まれながら、サッカーボールはゴールポストを通り過ぎた。

『(この歓声にも慣れてきたぞ)』

 汗ひとつかかず、退屈そうな表情をしながら涼太は歩いてくる。
 今日の体育はサッカーで、リフティングのテストだった。最後まで残ったのが涼太とサッカー部の人で、たった今その決着がついたところ。
 周囲とここまで大差があると、いっそ清々しい。でも負けじと頑張っていたサッカー部の人がとても憐れに思える。
 ちなみに俺は五回もいかなかったさ。笑いたきゃ笑え。

「響っち終わるの早すぎっしょ」
『五月蝿いお前が長すぎなんだよ』

 差し出された手を掴んで立ち上がる。
 じとりと睨み付けたら、こんなもん楽勝ッスよと笑われた。
 非常にむかつく。そりゃあ、才能のある涼太と俺は違うさ。

『はいはい涼太にはお得意のコピーがありますもんね』

 ……しまった、と思ったときには既に後の祭り。出てしまった言葉は飲み込むことは出来ない。
 思ったよりも言い方が嫌味っぽくなってしまった。
 俺は恐る恐る涼太の顔を見上げた。

「本当に、簡単過ぎて嫌になるッス」

 そう言った涼太の表情は、笑顔なのに悲しそうだった。
 目が、逸らせなかった。
 ああ、嫌だ。こんな顔なんてしてほしくないのに。
 何を言っているんだ。こんな顔をさせたのは俺じゃないか。
 他でもない、俺じゃないか。

『あ、ご、ごめん……』

 視線を地面にずらして謝る。
 顔を合わせていられなかった。
 もしかしたら怒らせてしまったかもしれない。それどころか、嫌われてしまったかもしれない。
 そう思うと凄く怖くなった。

「……ふっ、ははっ! 冗談冗談、大丈夫ッスよ。事実なんで」

 さ、早く着替えに行こう!
 笑いだした涼太は足を進める。だけど俺はなかなか動けなかった。
 彼を傷付けた。それだけは痛いほど分かった。そんな無理して笑ってるんじゃばればれだ。
 後悔の念で押し潰されそうで、いっその事押し潰されて消えてしまえばいいのに。
 酷いことを言ってしまった。
 そう言えば、前にも同じような事を言った事があった。その時は無意識に口から出ただけだから、無感情で大した内容ではなかったのだけれど。
 響には、響の良いところがあるんだから、そう卑屈になる必要はないッスよ!
 珍しく呼び捨てにされ、更に会って間もない俺の良いところだと言うところをぽんぽんと口に出すものだから、凄く照れたことはよく覚えている。
 俺の良いところ。今までそんな事を言ってくれたのは涼太が初めてだったと思う。
 嬉しくて嬉しくて、心がとても温かくなった。
 それからというもの、気付けば俺はずっと涼太の傍にいて、涼太も一緒にいてくれた。
 不思議と離れたくないって思ったんだ。

『……待てよ涼太』

 この感じ、何て言うんだろうか。今までにも感じた事のあるもの。
 あれは、そう。小学校低学年の頃、話しかける事は出来なかったけど、好きな娘がいた時と同じ。
 ああそうか。俺、涼太の事が好きなんだ。
 その事実は、思っていたよりすとんと胸の中に落ちた。

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