好きという感情に気付いてからというもの、響は黄瀬の顔をまともに見る事が出来なくなっていた。
 遠目かつ相手がこっちを見ていない状態ならいくらでも見れるのだが。
 照れや不安や、様々な感情が渦巻いて、この前みたいに何か余計な事を言ってしまいそうで怖かった。
 傍にいても以前より視線が合わなくなった事を涼太は知っているだろうか。いや、知らなくていい。響は思う。

 今は自習の時間。なんでも担当の先生が出張だとか、今しがたそう伝えられた。
 席の主が別の人の所に行っていて、空席となっている響の前に黄瀬が座る。
 どことなく気不味さを覚えた響は、黄瀬の話に生返事しか返さなかった。否、正確には返せなかったのだ。
 ちゃんと聞いているようで、話は右から左。
 だから黄瀬が黙ってしまった事さえ気付かなかった。

「……響っち、俺の事避けてない?」
『!!』

 机にのった指先がぴくっと動く。

『何で、そう思うの?』
「だって俺の話聞いてくれないし、顔も見てくれない」

 俺、何かした?
 黄瀬は眉をハの字にして真っ直ぐ響を見つめる。寂しい、表情から見て取れた。
 響はすぐに笑顔を作り、

『なわけないだろ! 第一、俺が涼太を避ける理由なんか無いし』

と早口で言った。
 黄瀬の目が僅かに見開かれる。響にとっては上手く隠せたつもりでいても、何かを隠していることは一目瞭然であった。
 自分を避けているのが真実。直接本人の口から否定を聞いても、その事実は目に見えて存在している。
 どちらも周りの騒音が感覚の中で無音になる。二人の声以外何も聞こえない。
 さっき動いた響の指は畳まれ机上できつく握られていた。開いた窓から涼しい風が入っているのにも関わらず、その手のひらはじっとり汗が滲んでいる。

「……そう? ならいいんスけど。もしかして嫌われちゃったのかと思って焦ったッスよ」

 そう言った後黄瀬はすぐに元の話に戻った。例え質問を続けたとしても同じ答えしか返ってこない事を理解したからだ。
 次から次へと絶えない話題。
 その殆どが響から始まったものでは無いのは普段通り。でも何故だか今日は、黄瀬が必死に話を繋いでるようにさえ感じてしまう。
 まだ何も起きていないのに、自分から気不味くさせるなんて、何も知らない黄瀬に申し訳ない。
 響は少しだけ眉間にしわを寄せた。

『(次は、ちゃんと前を向こう。この心地好い関係を崩してしまわないように。何があっても我慢して隠し通すんだ)』

 もし、重荷になるようなら……。
 その時、時計の針が授業の終わりを指して、スピーカーからはそれを知らせるチャイムが鳴った。
 じゃあまた後でと席を立った黄瀬に、ああと返事をする。
 甘い。風に混じって少し鼻孔を掠めただけなのに反応してしまう。好きな人の事になると、たった少しの変化も気にしてしまう。
 今日の香りは、誰の?
 その匂いはまたこの間と違っていて、つい口から溢れ出た。しかしその呟きは、更にざわつき始めた教室にするりと溶けて消えたのだった。

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