「好きなタイプ? そうだな……強いて言えば上品な女性かな」
上品な人とは、品が良い人の事で、下品な人とは、品が悪い人の事。ざっくり言うと。そのままだけど。
私がそのどちらかに分類されるとしたら、きっと、否絶対後者だろう。中学の時に同じ部活だった人達に聞いても、(特に青い奴には言われたくないけど)口を揃えてそう言うに違いない。
見た目だって、髪染めてるし、メイクもしてる。ザ・今時の女子高生ってやつだ。他と比べたら控えめではあるけど、上品に見えるメイクではない。ケバいの一歩手前ぐらい。いや、パンダとまでは行かないけど。
簡単に言うと、今私はその事に関してほとほと悩んでいるわけであって……。
第一何で今更になって訊いてしまったのか。
『征十郎の好きなタイプがまさかの私と真逆とか笑えねぇ』
「何か言ったか?」
『何も言ってねぇよ』
「そうか」
しまった。言ってる側からやっちゃったよ。
目を閉じて肩を竦める動作をする幼馴染みに、私は酷く後悔した。
何でこんなに口が悪くなっちゃったんだろ。不思議に思った時には既に手遅れの所まで行っていた。癖になっちゃってて、まさか直すなんて……。しおらしい自分を想像しただけで鳥肌が立った。
言い訳をするとしたら、最近の女子は皆口が悪い。私もその流れに乗ってしまっただけだ。
なーんて、本当に言い訳だな。それにさつきは口悪くないし。
多分、多分昔はもうちょっと可愛かった。
抱えたタオルで顔を隠す。この頃はずっとそう。もうこんな顔見られたくない。
「いつまでそんな事やってるの? もう征ちゃん行っちゃったわよ」
『……レオ姉』
「ちょ、そんなこの世の終わりみたいな顔しないでよ! 昨日といい一昨日といい、名前ったらどうしちゃったの?」
休憩になったというのに何時になっても私が動かないのを見兼ねてか、レオ姉が私に言った。
そんな顔になっていたのだろうか。いや、ならない訳がない。私にとっては死活問題だ。
『どうもこうも……』
タイミング良く征十郎がいないので、もはや半泣きになりながら、レオ姉に洗い浚い話した。自業自得だってのに。
途中葉山先輩とかが覗きに来たけど、全てレオ姉が追い払ってくれた。私より女らしいのに、本当イケメン。改めて思う。
そして二人してしゃがみこんだ。
「成る程ねぇ。だけどそんなに心配しなくても、ただのタイプなんだから」
『でもそっちの人の方が征十郎に好きになってもらえる確率が高いって事だろ!?』
言うと思ったわ、とボールを弄りだすレオ姉。
ああまた口調が。事でしょ、くらい言えないのか自分。頭を抱える。前途多難だ。
膝に顔を埋めて溜め息を吐いた。
幼馴染みというポジションのお蔭か、他の女子より気にかけてはもらえてる。これは断言出来る。けどそのポジションにいると、先に進みにくいのも事実だ。
どうやったら振り向いてもらえるのろうか。
『ハッ……まさか上品なやつがタイプってのは、私が日に日に下品になっていったから……?』
「お家柄のせいじゃない?」
『そっか、あいつん家は豪邸だったな』
何だ、よかった。私のせいじゃないんだ。胸を撫で下ろした。
するとレオ姉に軽くデコピンをされた。本人は軽くしたつもりなんだろうが、私にはめちゃくちゃ痛かった。もはや綺麗な長い指は凶器と化している。
じんじんと痛みだす額を押さえて恨めしく見上げると今度は頬をつままれた。なっ、何をする。そのままじっと私を見るレオ姉に、前から思ってたんだけど肌荒れてない? と言われドキッとした。何で分かったんだろう。
レオ姉の言う通りメイクの下は荒れに荒れている。ケアはちゃんとしてるつもりなんだけどな。
「もしかしたら道具が合ってないのかも」
『あー、それなら納得いく。道理でいくらケアしても荒れるわけだ』
メイク道具が原因は考えてなかった。不覚だ。
レオ姉はパッと指を離して、またボールを弄りだした。さっきと違うのは何処か楽しそうだという所。今にも鼻歌でも歌いだしそうだ。
果たして今までの会話の中にそんな要素はあったか?答えはノーだ。私にはノーだ。
でもレオ姉はフェミニスト、女に優しいのはよく知ってる。だから多分何か考えがあっての事なんだろう。そう思いたい。
顔の横に垂れた僅かな茶色い毛を指に絡めた。何で染めたんだっけ。今となればもうきっかけさえ思い出せなかった。
人に好きなってもらう為には、まずは自分を好きになれとは良く言ったものだ。だけど、言うのは簡単。難しいのはその言葉を実際に自分に反映させる事が出来るかどうか。
……駄目だなぁ。考えれば考えるほど止まらなくなる。
溜め息を吐こうとしていたら、今度は両手で頬を挟まれて無理矢理レオ姉の方を向かされた。いたたたた痛い痛い。
『ちょ、レオ姉痛ぇんだけど……』
レオ姉は無表情で私を見ている。全くの無だ。美人なだけにとても恐ろしい。
『あ、の……痛いです』
「やっと言えたわね」
簡単に両手は離れ、首から上が自由になる。
あー痛かったと首を回す私は、聞き流していたレオ姉の台詞を心で反芻し、そして目を見開いた。
もしかして言わせる為にあんな事をしたのか、なんて聞くだけ無駄の様だ。それ以外に何かあるのかと言わんばかりに微笑んでいる。
その笑みを崩さないままで、ねぇ名前、これを機に色々変えてみない? と優しく諭すように言われた。
変える、かぁ。やはり一筋縄じゃいかないだろう。言葉遣いにメイク、あとこの髪の毛。やらなきゃいけない事は沢山だ。
でも、そしたら……。
『そしたら征十郎は、私を見てくれるかな』
「えぇ。私に任せなさい」
そう言うとレオ姉は、私の頭に手をのせて綺麗にウインクをしてみせた。
あんたが女神か。感動を覚え、思わず泣きそうになった。
『……ありがとうレオ姉』
「その言葉は成功してから聞きた、」
「何してる、玲央、名前」
ほのぼのとした空気を裂いて現れたのは、仁王立ちして私達を見る征十郎だった。何やっててもいいじゃん、とは思ったけど怖そうだったから黙っておく。
てかなんか不機嫌? この短時間で何が起きたの?
まとう雰囲気が凍りそうな程冷たい。本気だ。こんなに機嫌を悪くする事なんてなかなか無いのに。冷や汗が垂れた。
しかし、流石は歳上と言った所か。そんな征十郎に臆する事なくレオ姉は言った。
「女の子同士の秘密よね」
……。
『(女の子?)』
「(女の子?)」
またもウインクを飛ばすレオ姉に私も征十郎も疑問が浮かんだのは言うまでもない。私は女の子ではあるが、ごめんレオ姉。同士というのはちょっと、賛同しかねるな。
ニコニコと笑顔を崩さないレオ姉に、これ以上の詮索は無駄と踏んだのか、征十郎は振り返り様に一度私を見て完全に背中を見せた。そして、
「練習を再開するぞ」
そう言うと同時に歩き出した。
私はと言うと、それを見送りながら片手で小さくガッツポーズを作り、気合いを入れたのだった。
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