頑張る、とは宣言したものの、まずは何をどうすればいいんだろう。
 メイク道具は今度レオ姉と買いに行くって約束した。
 取り敢えずプリンになりだしてる髪の毛は黒くしよう。どうせなら傷んだ毛先も切り揃えてしまおう。
 それから、ええと、口調改善は、

『気を遣う、しか出来なくね?』

 ……い、今のはセーフでしょ。これからこれから。



 今日は珍しく早起きをした。理由は勿論、弁当だ。私は今までろくに料理もしなかった。だが、そろそろ花嫁修行とか言うものもしてみなくてはと思ったのだ。てのは半分建前で、本当は征十郎に女子らしい所を見せたかったが為。
 上手く出来たかどうかは征十郎の反応を見なくては分からない。個人的には、初めてにしてはなかなかの出来だと思う。そう思っているのは私だけかもしれないが。
 小走りで征十郎を探す。流石は昼休憩だけあって、食堂は混みに混んでいた。
 しかしその中から征十郎を見付けるのは至って簡単だった。あんな赤髪、そういてたまるか。

『せっ、征十郎!』
「……どうした名前。そんなに急いで」

 いつも通り、レオ姉、葉山先輩、根武谷先輩と一緒にいる征十郎。ちょっとの距離なのに人のせいで無駄に疲れる。
 後ろ手に弁当を持ち、不思議そうにする征十郎を見る。その後ろで何かを察したらしいレオ姉が、葉山先輩と根武谷先輩の背中を押し、態とらしく遠ざかる。去り際にウインクを一つ残して。あなたが女神か。それに小さく頷くと、腹を据えた。

『べ、弁当、作ってみたんだけど、あの…』

 こんな時にハキハキしない自分に、苛立ちを覚えた。
 恥ずかしがってんじゃねぇ! 断られたら、そん時はそん時だ! 当たって砕けりゃいいんだよ!

『征十郎に、や、あげる!』

 よし、言えた! ギリで「やる」って言わなかった!
 もうそれだけで達成感に満たされる。私はついにやったんだ、みたいな。
 しかし中々受け取ってもらえない。それもその筈。赤い目を見開いて、突き出した右腕の先にある風呂敷をジッと見たままで固まっているから。凝視されている。
 そろそろ何か喋ってほしい。じわじわ恥ずかしくなってきた。私用に作った弁当が、下ろされたままの左腕の先でカタカタ震える。
 それでも珍しく固まり続ける征十郎に痺れを切らし、少し強めに名前を呼んだ。

「あ、あぁ、すまない。名前も料理とかするんだな」
『私だって出来、るの! 馬鹿にす、しないで! で、いるいらないどっちだよ』
「わざわざお前が作ってくれたんだ。いらないわけがない」

 すっと重みが消える。
 受け取ってくれた。嬉しい。
 熱を帯びだす頬を隠すように少し俯く。
 視界に入る何もなくなった自身の右手に、白い手が重ねられた。驚いてビクッと体が跳ねる。視線を上げたら、征十郎は空いたテーブルを探していた。どこかに座ろうとか言っているが、繋がった手に意識を全て持っていかれている状態の私が、反応なんて出来るわけがなかった。
 今日はついてる。まさか一緒に食え、食べれるなんて。
 結局、征十郎に引っ張られる形で椅子に座り、緊張したまま弁当を食べることになった。
 しかし、やはり征十郎の反応が気になってしまう。自分の弁当は蓋を開けただけで止まり、後はずっと隣の赤の動きを横目で見ていた。
 凄いな、とぼやいているのが聞こえ、僅かにガッツポーズ。
 あっ、卵焼き! ベタだけど結構自信作だったりする。
 箸につままれた黄色の塊が、口の中に消えた。

『ど、う?』
「うん、美味しいよ。僕好みな味だ」

 流石名前だな。
 箸を進めながら言われた言葉に笑みが隠せない。そりゃ昔から一緒なんだから、私も弁当を食べようと箸を持つ。

「だが、何故突然僕に弁当を?」
『え、ああ、私もそろそろ花嫁修行なるものを、するべきかと思って。せ、征十郎、にあげたのは……』

 女子らしさを見せて胃袋もゲットしたかったなんて、そんな下心丸出しなこと言えるわけない!

『いい所謂実験台よ!! ほら、征十郎なら例え不味かろうが許してくれそうだし』

 ……私って本当馬鹿。何言っちゃってんだよ。何なの? 死ぬの?
 穴があったら入りたい。寧ろ今すぐ消えたい。顔が見れない。
 そんなこと、思ってないのに。
 静まり返った二人の間を裂くように、猛スピードでレオ姉が走ってくる。そのまま私の首根っこを掴むと、諸共走り去る。征十郎が驚いていたのが一瞬だけ見えた。


「ちょっ、あんた何言ってんのよそこは将来征ちゃんのお嫁さんになる為とか言わないと!」
『だっ、だだだだって、そんなの恥ずかしくて言えるわけねぇし』
「ほらまた口調!!」
『ごめんなさい!!!』

 レオ姉に一頻り叱られてテーブルに戻ると、またすっかり不機嫌になっていた。あんなこと言われたら不機嫌にもなるわな、と申し訳無く思ったけれど何故か謝ることが出来なかった。

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