弁当事件から早数日。今日は、よく分からないけど何等かの事情があって体育館が使えない為に、部活が休みとなった。だから私はレオ姉と新たな化粧品を探しに出掛けている。
どれを選べばもっと可愛くなれるのだろうか。こんな時、心強いアドバイザーがいてくれて(男だけど)本当に嬉かったりする。
「名前の肌に合うのは……このメーカーかしらね」
『視野に入れたことなかったな』
「色んなものを幅広く見なきゃ駄目よ」
正直私より楽しそうなレオ姉。どんな色がいいかしらね〜と頬に手を当てて悩んでいる。友達が「実渕先輩が彼氏だったら、美容の悩みを真剣に聞いてくれそうだよね」と言っていたが、正にそれである。
ナチュラルメイクにするなら、やはりベージュ系だろうか。
今は主に目の周辺が、黒々と、バッサバッサとしている。そうそう、付け睫も控えなきゃな。あと頬も。テスターと並んで取り付けてある鏡で、普段より抑え目メイクにしてある顔を見ながら思う。
その時、視界の端にオレンジの何かが映った。他の客がいるのは当然なのだが、何となく見覚えがある気がして横を向く。すると相手もこちらを向き、ばっちり目があった。
『あれ』
「どうしたの、って……あらあんた秀徳の」
「ゲ……じゃなかった、どーも」
確か、高尾くん、だっただろうか。凄い目の持ち主、だった筈。
高尾くんは私達を見ると苦笑いをした。どうやら覚えてくれているみたいだ。否、それは当たり前だな。彼の心をつべこべ言うのは失礼だから黙っとくけど。
こんな所で何やってんのよ。ハッ、まさかあんたもついに……!
違いますから!! うちのエース様の付き添い! ついでに妹ちゃんの誕生日プレゼントを選んでるんスよ。
まるでコントみたいな会話を私の頭上で繰り広げる。へぇ、高尾くん妹いたのか。
「で、そちらさんはそんな可愛い娘連れてデートですか?」
『んなっ、何を』
「それこそ違うわよ。この娘のドレスアップを手伝ってるの」
再び視線を陳列された商品に戻す。
私のことを軽くスルーされたのは、まぁ許そうじゃないか。
「……十分可愛いのにまだ可愛くなりたいなんて、女子って欲張りだよな」
「あらやだ、その弛まぬ努力が素敵なんじゃない。特に好きな人の為に頑張ってる娘、とっても可愛いと思うわ」
頭の後ろで腕を組む高尾くんに、レオ姉は欲張りでなんぼだと微笑む。ちゃんと努力を見てくれる人って、女からしたら本当に素敵な男性だ。何でレオ姉に彼女いないんだろう。
でも、会話を聞いてる私は居た堪れない。私のことを言ってるのか言ってないのかは知らねぇけど、恥ずかしいったらありゃしない。パッと見、大袈裟に照れるような人に見えないとよく言われるが、実際はすぐに照れる。顔に真っ先に表れるのだ。
それを誤魔化すように棚に目を向ける。緑間早く戻ってこいそして高尾くんを連れてどっか行け。そしたらこの羞恥から解放される筈だ。
「丁度良いわ、あんたも手伝って頂戴。この色の中で、この娘にどれが似合うと思う?」
「え……あー、そっすね」
緑間早くマジで早くしろ。
*
「うん、凄く良いじゃない名前! これなら征ちゃんもイチコロよ!」
『ちょっ、レオ姉!!』
あらごめんなさいと笑うレオ姉。ちょいとおにーさん悪いと思ってないだろ。
高尾くんはもう分かりきっていたらしく、レオ姉より意地の悪い笑みを浮かべている。
もう嫌だ。恥ずかしくて死ぬ。穴があったら入りたい。緑間の野郎恨んでやる。
「なんだ苗字、お前は赤司の事が好きだったのか」
みどっ!? つか今更!!?
突然真後ろから声がかかり、思わず肩が跳ねた。相変わらず手には……何だこれ、小物の鳥籠がぶら下がっている。それが今日のラッキーアイテムのようだ。
鳥籠の中に征十郎のハートを閉じ込めとけってか? ははは何言ってんだ私。馬鹿か。
顔に手を当てて、佇む巨人に溜め息を吐いた。でもな、実際キセキの中で気付いてなかったのはお前ぐらいなんだよ。黒子や黄瀬、さつきなんて真っ先にバレた。征十郎は……知らないけど。
それを考えたらここにいるのが緑間で良かったような、そうでもなかったような。何にせよ複雑なんだけどな。
「おー真ちゃんおかえりー! 遅かったな」
「フン、少し寄り道をしていてな」
『素直に迷ったって言えばいいのに』
「迷ってない!! ……ところで、お前は何時の間に髪の毛を黒に変えたのだよ」
眼鏡のブリッジを持ち上げ、私に視線を向ける。正確には私の髪に。
昨日漸く染め直した為、私の髪が黒くなったのを知っているのは、今ここにいる人達と寮で出会った友達だけである。毛先を切り揃えて、弄らずに下ろしている。
私が茶髪だったのを(当然だが)知らなかった高尾くんは、なになに? マジで? 等と私と緑間を交互に見ていた。
『どうだ、似合う?』
「……あのけばけばしいやつよりは、ましなんじゃないか」
フンと顔を横に向ける。そんなこったろうと思ってたけど、それ誉められてんの? てかけばけばしいって……。否、緑間からしたらそうか。
高尾くんが隣でニヤニヤと緑間を見ている。小さく何かを言って、緑間に一蹴されていた。成程普段はこんな関係なのか。
そう言えば、レオ姉はどこに消えたんだろう。ついさっきまでは隣にいたのに。きょろきょろと周囲を見回すが見当たらない。まさか帰った……なんて、あのレオ姉がする筈もないし。
小さく騒ぐ二人を尻目に首を傾げていると、苗字サン、だっけと突然声をかけられた。
「俺的には黒の方が断然似合うと思うぜ」
『えっ、あ、マジで?』
ひゃー嬉し恥ずかし。何でバスケ部はどこも顔が整ってる奴が多いんだ。余計に照れるこっちの身にもなれ。
そう視線を彷徨わせていると、頭にがさりと何かがのった。
「はい、私から名前にプレゼント」
『レ、オ姉? どこに、てかプレゼントって……まさか』
いつの間にか後ろに立っていたレオ姉から袋を受け取り、中身を覗く。
やっぱり、さっき選んだ化粧品だ。これ割りと高かった、よな。
私の物なのに人様に払わせるなんて、しかも高額。流石に申し訳無い。それを伝えようと口を開くが、楽しそうに笑うレオ姉に止められてしまった。御返しは惚気話で結構だ、と。
『はっ、え?』
「じゃあ私達は帰るわね。付き合ってくれてありがとう」
「いーえ! 苗字サンが成功するのを祈ってるよ」
「……精々頑張るのだよ」
茹で蛸のようになってしまった私を引き摺り、レオ姉は店を出る。笑顔で手を振る高尾くんと、相変わらずそっぽを向いた緑間からのエールに、僅かながらも自信がついた。気がする。
頑張る。私、頑張るよ。
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