レオ姉との特訓の日々が過ぎ、今日から新しい私になる。上手く行けば、今日が決戦の日だ。
 早速ナチュラルメイクに変えて学校に行く。皆からは予想通りの反応を返された。中には二度見してくる人も。
 そ、そんなに驚くことだろうか。
 素のままの私を見られるのは、やはり緊張する。今までメイクで隠してきた分、余計にだ。

「名前、であってる、よね。あれ?」
『変、かな』
「や、全然変じゃない! むしろ可愛いし」
「すげぇ、髪も染め直したのか」

 しかし思わぬ好反応に、嬉しくなった。(口々にパッと見誰だか分からないとも言われた。)もしかしたら御世辞かも、と思ったが、そういやこいつらは御世辞なんて言えるほど器用じゃなかったと思い出す。つまり、上手くいったということだ。
 ありがとうレオ姉! 本当感謝してもし尽くせない。否、まだ私達の成功とまでは行ってないけど。
 気分も状況も、順調に良い方向へと進んでいっている。後、もう一踏ん張りだ。



 誰より早く体育館に来て練習の準備をする。まだしんとした空間に、私の動く音だけが響いていた。
 変に静かに感じて、どこかそわそわしてしまう。何度も入口を確認しては、ふぅと息を吐いた。

「……名前、か?」
『っ!!』

 胸を撫で下ろした瞬間、私の背中に声がかかった。吃驚して、持っていたドリンクの容器を落としてしまった。コトンコトンと転がる容器に構うことも出来ず、怖ず怖ずと声の方を見た。見開かれたオッドアイと搗ち合う。その口から、ああやっぱりと溢れた。
 それなりに気合いを入れていた筈だった。しかし、いざ本命の征十郎を前にすると怖じ気付いてしまう。
 しっかりしろ。頑張るって決めたんだ。
 成る丈自然に容器を拾う。見抜かれてることは百も承知だ。

『き、今日は早いんだね』
「お前こそ。それより、雰囲気が変わったな。顔を見なければ分からなかったよ」
『逆に顔を見て分かってくれたの、征十郎だけ』
「……当然だろう。昔から見ているんだから」

 うわ、嬉しい。鼓動が速まり、口角が上がるのが嫌でも分かる。落ち着かなきゃ。
 深呼吸しながら、容器を元の位置に並べた。
 大丈夫、大丈夫。平常心だ平常心。
 くるりと征十郎の方を向き、どう? 似合ってる? と声をかける。平静を装っても、やはり緊張は消せない。
 こちらに歩いてくる征十郎は、僅かに笑った。期待が膨らむ。
 似合ってるって言ってくれたら、それが最上の誉め言葉だ。それだけで勇気が持てる。まるで初めて恋をしたみたいだ。否、これが“初めての恋”に違いはないんだが。
 しかしその口から出た言葉は、私の全てを止めた。

「玲央の為か? 付き合ってるんだろう」

 お前達の仲を応援するよ。
 何を言われているのか理解するまで、数秒。意識が戻ってきても、すぐに声が出せなかった。表情も固まったまま。
 すぐに否定していれば、よかったのに。そこまでだったら否定するだけで終わっていたのに。

「玲央と名前、御似合いじゃないか」

 御似合いって、どういうこと。それって征十郎が、私の事……。
 さっきまで浮いていた心が、一気に沈むのが分かった。まだ何か喋っていた気がするが、そこから先が頭に入ってこなかった。
 誰の為に。誰の為の努力だと思ってんの。何で全然気付いてくれないの。
 一応弁当事件後も何度かアピールしたつもりだった。
 笑ってくれてたから。もしかしたらって、どこかで期待してた。
 全部、全部私の勘違いだったってこと?
 だって御似合いって、私の事何とも思ってないってことでしょ。
 息を吸って、止める。そうしないと涙が出そうだった。
 違うって否定したってもう意味ない。征十郎が何とも思ってないという事実は塗り替えられない。それでも、言わずにはいられなかった。

『ずっと征十郎だけ見てきたのに』

 バスケのマネージャーをやり始めたのだって、征十郎が好きなスポーツだったから。
 洛山に来たのだって、勿論征十郎を追いかけて。お前じゃ無理だと言われ続けていたけど、勉強して勉強して、ただひたすらに頑張ったんだ。
 それなのに。

『征十郎だけを、想ってたのに』

 それなのに、こんな結末なんて。
 はいそうですかなんて、簡単に納得出来るわけない。
 悲しさより、怒りより、一ミリも伝わらなかった想いが、悔しかった。


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