あと数メートル。あと数センチメートル。
手を掴んだ。やっと届いた。
いきなり手を掴まれた金髪の男子生徒は、ぎょっとしたように振り返るが、手を掴んでいるのが自分の幼馴染みだと分かると肩の力を抜いた。
なんだお前か。彼ははぁと息を吐くと、そう呟いた。
何だとは何だ。普段なら幼馴染みの口からそう飛んで来るはずなのに、一向に何も返ってこないことを訝しく思い、どうしたと問いかける。
心做しか、手を掴んだままの女子生徒の肩が震えているように見えた。
もしや自分の後輩に何かされたんじゃないか。その考えが頭に浮かび直ぐ様口に出すが、彼女は首を横に振った。その後も思い当たるものを訊いてみるが、答えは全てノー。
さて困った。顔を俯かせたままで何も言わない彼女に、彼は空いている手で頭を掻いて窓の外を見た。先程頭に浮かんだ後輩と、緑頭の後輩が並んで歩いている。
『何で黙ってるの』
は? 眉間に皺が寄ったのが自分でもわかった。
黙ってんのはお前だろう、何を言っているんだ。
宮地は震え声に気付くことなく、訳が分からないとひたすらに沈黙を決め込んだ。
『彼女、できたんでしょ。何で言わないの』
ドキリとした。
悪いことをしたわけでもないのに、悪いことが見つかってしまった時のような気分だ。
そんなことより何で知っているんだ。ばれてしまった後輩にもしっかり口止めしておいたはずなのに。
いつか、自分から話そうと思っていたのに。
教えたのはその後輩であることに間違いはないだろう。あとでしめておかなくては。
「お前に言う必要はねぇだろ」
『あるよ、あるに決まってんじゃん』
名前は勢いよく顔を上げて宮地を睨み付け、詰め寄る。
後退ろうとした宮地だが、掴まれた手を振り払うこともできず、その場に止まった。
顔を見ても名前の感情が読めない。そんなことは宮地にとって初めてだった。
『まさか清志に先こされるなんて、思ってなかった』
「……別に、競ってねぇだろ」
『だけど! なんか悔しいじゃんか!』
「そうか?」
名前はそうだと言って宮地の手を上下に揺らした。勿論バスケ選手にとって腕は大切なので、痛くない程度に。
数秒後に止めろ馬鹿轢くぞと言われてしぶしぶ揺するのを止めると、名前は窓の外に目を移した。
高尾が緑間を叩きながら笑っている。あ、そろそろキレるな。面白くもないのに、名前は口許を無理矢理上げる。
『……あんた次からは私のこと名前で呼ばないでよ』
「は? 何言ってんだよ」
『彼女さんのこと考えろ。清志は彼女さんが他の男子と名前で呼びあって仲良くしてる所、見たい?』
自分勝手な事を言っているのは、名前自身分かっていた。しかしそうやって一線を引かないと、名前を呼ばれる度にどうしても期待をしてしまう自分がいて、嫌だったのだ。
押し黙った宮地に軽く笑って、名前は繋がっている手を見た。
離さないと、離さないと、誰か来る前に。
離さないと。
胸が熱くなって、痛くなって、泣きたくなった。泣けなかった。泣きたくなかった。
代わりに大きく息を吐く。
『じゃあね、宮地』
そしてゆるりと、手を離した。
241209