あれから数分後、やっと彼が来た。
涙もすっかり引っ込んだし、まあ大丈夫だろうと。
「あ、名前さん泣いてた?」
……後輩を甘く見ていた。第一声で既に見抜かれた。
仕方ないか。やっぱりちょっと腫れぼったくなっているようだ。否、それ以上に赤いのかな。
私が苦笑すると、高尾は隣のブランコにかしゃんと音を発てて座った。
お互いにこぐわけでもなく、ただ座って鎖を持つ。
「宮地さんもあれっすよね。ずっと傍にいたくせによく気付かずに今までいたもんだ」
『頑張って隠してたから。なんで頑張ってたのか分かんないけど』
……本当は、分からなくもないけどね。
風で木がそよぐ。落ちて茶色くなった木の葉が、新たに舞落ちる葉と一緒に地面を転がる。
よく十年以上も好きでいれたなって、吃驚する。
そう言ってあははと声を上げて笑うが、隣からは何の反応もない。
横目で見ると、高尾は空を見上げていた。いつものキリッとつり上がった目はそこにはなく、ぼーっと空を眺めているだけのように見える。
そろそろ用件を訊こうかと口を開いた。
『で、どうしたの?』
暫く続く無言。
さっきから彼らしくもない様子に疑問が浮かぶが、訊いたところでこいつが話してくれるとも思えない。
宙を見たまま、高尾はやっと口を開いた。
「名前さんはさ、やっぱまだ宮地さんが好き?」
目を見開いた。いきなり何を言うのだろうか。
何か答えようとして暫く口を半開きにする。
こいつが何を考えているのか解らない。それを確かめたところで何になると言うのだろうか。
だがもはや秘密にしておく必要もないので、半開きにしたままの口を動かした。
『そりゃ、ね』
「……」
そう簡単に消えてはくれない、面倒臭いことに。
テストが終われば忘れてしまう勉強内容みたいに、あっさりと何の惜し気もなく消えてしまえば楽なのに。
再び訪れた無言の時間に、少しだけ気まずさを覚える。いつもの高尾ならこんな空気にはならないのに。それに妙に優しい。何となく居心地も悪くなったような気もして、意味もなくブランコに座り直す。かしゃんと音が響いた。
このまま黙っていても埒が明かない。私から話を振ろうとしたら、依然として遠くを見つめる高尾が先に喋りだした。
「名前さんさ、俺の前だからって泣くの我慢する必要ねぇんすよ?」
何を、言いたいのだろう。
「失恋した女の子は他の奴に優しくされたら惚れる確率が高い、って言うじゃん? それを利用する感じで何か悪い気もするけど……」
目を閉じて、開く。
そこには先程の様なぼんやりとした目ではなく、試合中のような鋭い双眸があった。
「俺ね、実は名前さんが好きなんすよ」
涙が、落ちた。
「……泣くほど嫌?」
苦笑しながら言う彼の、その悲し気な目元を見たら、勝手に涙が出てきた。
違う違うと首を振って、目を擦る。
違う。ずっと私が酷いことしてたんだって、それを私が知らなくて、ずっと高尾は辛かったんだって、それを私が気付かなくて。まるでおいかけっこみたいなことをしていたのかって、今更知って。
どうしようもなく申し訳なくなって、俯いた。
ならばいっそのこと利用させてもらおうか。はじめはそうでもなくても好きになる可能性はあるんだ。
……もし好きになったら、清志への好意を忘れることが出来るかもしれない。このままでいたって、清志と彼女さんを見るたびに辛くなって堂堂回りするだけだ。
ごめんと心で謝り、顔を上げて返事をしようとした。
『私』
とたんに流れ出す思い出。
駄目だ、駄目だ。忘れることなんか出来るものか。
『わた、し』
それだけ長い時間だったんだ。積み上げられた笑顔と時間を消すことなんか出来るものか。
『……ごめん』
こんなに良い後輩を傷付ける気でいたなんて。なんて酷い先輩なんだ。
でも、うんと言おうとごめんと言おうと、どのみち傷付けてしまう。ここですぐには好きにならないかもしれないけど、いつかは、なんて答えたところで同じことだ。
結論を言えば、どうやら暫くは無理みたい。いつになるかは、分からないけれど。
「……ちぇー、分かってたけど、やっぱ応えるわ」
『っ』
ごめん。
謝ろうと立ち上がったらぎゅっと手を握られた。
「もう謝んないでよ、名前さんは悪くねぇんすから」
ね? と言われ、何も言えなくなった。
そんな笑顔で言われたら、もう黙るしかない。小さく頷くと、いい子、と頭を撫でられた。
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