私は彼が苦手だ。
 彼の何が苦手かと言うと、眼だ。具体的には何もかもを見透かすような鋭い眼。それはホークアイと呼ばれているらしい。
 勿論そんなことは知ったことではないが。知ったところで苦手であるという事実は変わらない。

「お、名前ちゃん?」
『……今日は随分と早いんだね』

 時は放課後、場所は秀徳高校体育館。
 まだ誰も来ていないと思っていた私は、既に一人でシュート練習を始めている高尾に会ってしまった。
 高尾自体は別段苦手というわけではない。どことなく食えないやつだけど、人柄としては好きな方だ。
 しかしそれらを飛び越して私は高尾の眼が苦手というわけだ。申し訳ないが。
 てか……今日何かあったっけ? 高尾が緑間君より早く来るなんて珍しい。
 そう思ってしげしげと練習風景を眺めていたら、急にシュートが止まった。

「ねぇ、そんなに見られたらやりにくいんだけど」
『え、あ、ごめん』

 まさか気付いてるとは思わなかった。
 一応私も仕事をしながらなわけだし、ずっと止まって見ているわけでもない。
 ホークアイで見えますよって話? もしそうだったら本当に凄いんだね、その眼。ぼんやりと思う。
 高尾から視線を反らして仕事を再開する。だが一向にボールがネットをくぐる音が聞こえてこない。私のせいだろうか。
 持っていたタオルの山をステージに置いて、くるりと振り返る。
 振り返って、固まった。
 見ているのだ。私を。
 視ているのだ。鋭い目で。
 みているのだ。至近距離で。

『っ!?』

 吃驚して後退る。だがステージがすぐ後ろにあったので、それは阻まれてしまう。

「どしたの? そんなに俺が気になる?」

 高尾は試合中に見せるような不敵な笑みを浮かべる。
 別に気になる、というわけではない。まあ見ていたのだから少しは気になっていたのかもしれないが。
 赤面し、内心とても慌てている私の頭には、そんな矛盾した考えしかない。
 早く誰か来ないかな。
 ……ああそうだ、私は何故高尾がこんなに早く来たのかが知りたかったんだ。
 焦りで埋まった思考から、一つ掘り起こした。その掘り起こされた疑問を口に出そうとしたら、先に高尾の口が動いた。

「名前ちゃんって俺の眼苦手でしょ」
『そん、な……こと』
「じゃあちゃんと見てよ」

 私が逃げるように背中を仰け反らせて目を反らす。すると高尾はそう言って、両手をステージにつきより一層距離を縮めてきた。
 見透かされてしまいそうだ。何もかも。
 依然として私をホールドしている高尾は楽しそうである。
 私は何一つとして楽しい要素がないこの状況に、どうしたらいいのか分からない。

「ちゃんとこっち見ろよ」

 大きな手で目がしっかり合うくらいの角度まで顔を戻される。
 どうしよう、どうしよう。
 火照る顔を隠したくてたまらない。
 そこで思い付いたのがさっき掘り起こした疑問だった。

『た、高尾は、今日なんでこんなに早く来たの?』

 高尾は一瞬だけ目を丸くさせると、すぐに鋭い表情に戻して言った。

「名前ちゃんがいるから」

 ……え?
 それが口に出されるより早く私の口は塞がれてしまい、言葉を飲み込んだ。
 五秒、十秒。押し付けられた唇が離れる様子はない。あまりにも突然だった為驚いたのか、身体が抵抗しようとしない。
 ていうか高尾、思ったより唇柔らかい……何かいい匂いもするし、って何考えてんだ私! 何だ思ったよりって!

『ん、っは……』
「可愛いねー名前ちゃんは! やっぱり好きだわ」

 じゃ、練習戻るわ!
 混乱している私をおいて、笑いながらあまりにもあっさりとした反応をみせる彼。
 好き? 高尾が、私を?
 固まって笑顔を見送った私は、だからあの眼は嫌いなんだ、と隣に置いていたタオルに顔を埋めた。
 あの笑顔……分かっててやったな。


240714



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