『蘭っちゃああああん!!』
「先輩……いい加減それはやめてくださいって、」
何度言ったら分かるんですか。
どすりと音を発てて突進してきた先輩を受け止めた俺の体は、痛いと叫んだ。事実痛いのである。かなり痛いのである。それはもう、声なんて出せないくらい。
それくらい苗字先輩は遠慮をしない。知らないのかと言いたくなる程に。
『いいじゃん可愛いでしょ』
そうにっこりと効果音が付きそうな笑顔で言い放つ先輩に、胸がざわりとした。怒り、と言うか、苛々と言うか、とにかくそれはあんまり良いものではない。
可愛いって何ですか。俺はそんなこと言われたくない。
絡み付いている先輩の腕を無理矢理ほどく。えっ、と声が聞こえた。
今口を開いたらどんな言葉が出るか分かったもんじゃない。だから何かを言おうと思ったけど、口を噤んだ。
怒ってはいるが、傷付けたくはない。
『蘭ちゃん?』
首を傾げた先輩を無視して歩きだす。
『ちょっと、蘭ちゃん!?』
「……」
『蘭ちゃ、』
「……」
小走りで追いかけてくる先輩に、いい加減振り向いてやらないと泣いてしまうかと思って足を止めた。その瞬間。
『蘭丸』
しんとした廊下に苗字先輩の声が響いた。
ちゃんと名前で呼んでほしい、ちゃんなんかつけないでほしい、そう思っていても、いざ呼ばれてみたらどこか恥ずかしい。自分がそうさせたのに。
チラリと横目で先輩を見ると、大きな目でまじまじと俺を見ていて、これはどう反応したものか。
何も言わずにただ見ていたら、彼女はへらりと笑った。少しこちらに近付いて、ちょっとだけ焼けた色の手を伸ばす。
行き成りの事にたじろいで、わずかに身を固くした。
『ほら、赤くなってる。まだまだ蘭ちゃんは可愛いですよ』
「っ、だから……! はぁ……」
へへへと笑う先輩の右肩に片手を置いて、耳元に唇を寄せる。
「可愛いなんて、そのうち言えなくなりますから」
今のうちに精々楽しんどけばいいですよ。
先輩から顔を離して笑いかける。ニヤリが似合うのかニコリが似合うのかよく分からない笑顔で。
苗字先輩は真っ赤になってしまい、俺なんかより可愛らしい表情になっていた。
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