私の彼氏は、今をときめく売れっ子モデルの黄瀬涼太その人である。だからといって、何かがあるわけでもないけれど。得したことと言えば、端整な顔立ちだからキスするときに全く苦にならないことだろうか。
 さらに、人懐っこく素晴らしく性格がいいので一緒にいて変に疲れない。まあたまにべたべた引っ付いてくるのがうざかったりもするけど、可愛いから許せる。
 前に、そんなにイケメンなんだから私一人なんかにしぼるなんてもったいないと思わないのかと問うたところ、名前に会うまではそうでしたと返ってきた。女の子には振られたことないし、困ることもなかったそうだ。相手も身体だけの関係で満足していたそうなので、面倒なことは殆どなかったらしい。
 何も知らなければ良い性格、知ってしまえば最低男だ。
 そんな最低男を一度振った私は、その日を境に懐かれてしまった。そこが始まり。時間をかけてかけてかけてかけまくって、黄瀬涼太は今のポジションを獲得したのだ。
 黄瀬の友達に訊いたところ、いつも馬鹿みたいニヤニヤ笑っているのだよ、幸せそうに笑ってるから正直ムカつきます、ニヤニヤしててキモい、等々返ってきたからきっと幸せなんだろうと思う。
 斯く言う私は、勿論幸せである。

 原稿用紙の側に置いたマグカップに手を伸ばす。中であと少し残っているコーヒーが、とぷんと揺れた。それを音を発てて飲み干すと、マグカップを用紙の上に置いて寝転がった。

『黄瀬ぇ……駄目、全く思い付かない』
「頑張るッスよ。あと少しじゃないッスか」

 私が話しかけるまで読んでいたらしい書きかけの原稿用紙をこちらに渡す。
 私は所謂小説家というやつだ。彼氏と違って、売れっ子というわけではないが。
 受け取った用紙に目をやることもなく横に散らかす。あーあと苦笑する黄瀬が、それらを集めて机上に置いた。
 全然思い付かない続き。確かに黄瀬の言うように、あと少しであることに違いないのだが、問題がその“あと少し”なのだ。どうしたものか。

 やっぱりあれが必要だ……足りない、欲しい。一度この感覚に陥ると抜けられない。あれが私にアイディアをくれる。
 あまりよろしくはないかもしれないが。
 じっと黄瀬を見詰めていたら、気付いた彼の綺麗な唇が弧を描いた。

「書けたらちゃんと御褒美あげるから頑張るッス、名前」

 そう言って私の髪を撫でる手に、自分の手を重ねた。逃がさないようにしっかりと握る。

『今欲しいです、涼太君』
「……言うと思ってた」

 苦笑しながら覆い被さってくる黄瀬に、目を閉じてキスを強請る。目蓋の上で影が揺らめき、唇に柔らかなものが押し当てられた。わざとリップ音を残しながらキスをしてくる時の黄瀬涼太君は、欲求不満が爆発する寸前だとこの前気付いた。うん、可愛い。
 黄瀬の舌が私の唇を割って口内に侵入してくる。
 嗚呼この感じだ。ほら、頭に何かが浮かんできた。でも今は片隅に追いやろう。まとめるのはあとあと。

『りょ、ん……涼、太く』
「っは、何……」
『大好き』

 口を歪めて笑うと、黄瀬はちょっと前までは俺を厭がってたくせにと言ってシャツの裾から手を忍び込ませた。


241009



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