どたばたと急いでポケモンセンターを出た。
 まさかもう出発しようとしているとは思わなかったのだ。ついさっき目が覚めて寝惚け眼で窓外を見ていたら、鞄を背負った見知った紫が目に入ったものだから一気に覚醒した。とにかく急がないとと荷物をまとめて今に至る。

『シンジくん!!』

 見えた背中に、名前を呼びながら追いかけた。すると彼は足を止めてこちらを向いてくれた。
 こういうところは何だかんだで優しい。

『出発するときは言ってって、いつも、言ってるじゃない……!』

 はぁはぁと乱れた息を整えながら文句を言う。
 そう、シンジくんは毎度毎度私に何も言わず出発しようとする。その度に今回の様にギリギリで追いかけていた。トバリを出るときだってそうだった。

「一緒に旅をしている訳じゃないんですから、別にいいじゃないですか」

 シンジくんはつり上がった目で私を見下ろすとそう言った。
 確かにそれは事実である。私が勝手にシンジくんに惚れていて、シンジくんについてきているだけ。
 毎回ここで反論できなくなるんだよなー……。
 不貞腐れた顔を作り、彼の隣を通り過ぎて歩く。シンジくんも無言で後をついてきた。だがシンジくんの方が歩幅が広いため少しも歩かないうちに並んでしまう。それから私が隣を歩いていられるのは、彼が私に歩調を合わせてくれているから。

 シンジくんの優しさは、とても静かだ。その目付きや物言いのせいか、怖がられたり反感を買うことも少なくはない。レイジさんを知ってる人達は兄とは大違いだというが、兄弟以前に違う人間なのだから似てなくて当然だと私は思う。
 レイジさん、シンジくん、各々の優しさの形がある。シンジくんはただレイジさんより不器用なだけ。

『シンジくんの馬鹿……』

 シンジくんの言い分は間違いではないのでもう反論はしないが、とりあえず言いたい事は言っておく。

「……」
『優しいのかそうじゃないのか、はっきりしてよ』
「……優しくなくていいですよ」
『優しいくせに』

 はたから聞いたら何だこの痴話喧嘩みたいな感じの内容だけど、痴話ではないですよ。悲しきかな、昔からずっと私の片想い。
 暫くお互いに黙って歩いていると、珍しくシンジくんがそれを破った。

「ナマエさん」
『何』
「言おうか迷ってたんですけど」

 何よと目で訴える。
 するとシンジくんは、

「寝癖、ついてます。相変わらずぬるい人だ」

と私の頭を軽く撫でた。
 ちょっと、不意討ちは卑怯じゃないですか。ねぇ。
(ぬるいは余計よ)


250520




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