大輔のやつ、遅すぎる。
皆部活に行ってしまい、人気のなくなった教室。私には絶好の機会だったりする。
窓際でぽつんと一人。タンタンと小刻みに足を踏む音はどんどん速くなり、私がイライラしてることを全面的に押し出していた。
約束の時間からもう二十分も経ってるってのに、何やってんのよあいつ!
何度時計を見ても、何度出入り口を見ても、来る気配はない。これで来なかったら明日とっちめてやる。
据わった目で窓の外を睨んでいると、誰かが猛スピードで廊下をかけてきた。雪崩れ込むように教室に入ってきたのは、私が無理矢理約束を取り付けた本宮大輔だった。
「わりぃわりぃ! ちょっと太一さんが来ててさ、つい話に夢中になっちゃって」
『……太一さんなら許す』
不満は有るけれど。ぶすっと頬を膨らませながら言うと、安心したように息を吐いた。
「んで、何だよ用事って」
『……や、あのね……』
自分から言い出したのに、いざ言うとなると言葉が喉にひっかかる。否だって、ねぇ。
キョロキョロと周りを見る。よし、誰もいないよね。
『タケルくんてさ、ヒカリちゃんのことが好きなのかな』
何故か小声になってしまった言葉だったが、ちゃんと大輔には届いたようだった。何故ならば、はぁ? 何言ってんだこいつ頭大丈夫かみたいな顔で私を見ているからだ。むかつく。
「あのなぁ、タケルは知らねぇけどヒカリちゃんは絶対有り得ねぇから!」
『何でそう言いきれるのよ』
「何でって、」
『言っとくけど俺のことが好きだからは無しだから! どう見たって好きに見えないから!』
「ぐっ……」
大輔は黙ると、そこまで言う必要ねぇだろと凹んでしまった。自分が言うのもあれだが、とても惨めだ。
う、流石に言い過ぎた、かな。大輔もヒカリちゃんの事ずっと好きだったもんな。
ジワジワと沸き上がる罪悪感に耐えきれず、押し出されるように謝った。
そして改めて向かい合うと、話を再開した。
「何だってそんないきなりタケルのことなんか……」
別に大輔はタケルくんのことを嫌ってはいない。むしろ良い友達だと思ってる、と思う。
んー……否、友達と言うか、ライバルだと思ってると言った方が正しいかもしれない。と言っても大輔から一方的に、なんだけどね。
いつも一緒にいるから知ってそうだったんだけど、そうでもないか。
一人溜め息を吐いていたら、ぶつぶつと文句を言っていた大輔がハッとして顔を上げた。
「まさかお前、タケルのこと」
聞くや否やカッと頬が熱くなる。やっと気付いたの。
今更うんと頷くのも何だか癪に障るので、何も答えずに無視を決め込む。すると大輔はそれを肯定と受け取ったようで、にやりと口角を上げながら私を見た。本当にむかつく。
大輔から目を背けてにやにや笑うなと言ったが、だらしなく緩んだ顔は依然として変わらなかった。
『あーもう! 私がタケルくんを好きかどうかは今は関係ないの!』
机を叩いて睨み付けたら、やばいと思ったのか冷や汗を浮かべていた。
「否、だってよ」
『好きなの!? 嫌いなの!?』
「何が?」
は、何が? あんた今までの話聞いてたんでしょ!? まさか私の勇気を無かった事にしてるなんてことは……嗚呼、信じられない。何てタイミングなの。
疑問の声が大輔のものだと勝手に思って愕然としていたら、別の意味で愕然としてしまった。
大輔じゃない。その声の主は、今まさに話題に挙げられていたタケルくんだったのだ。ついでにヒカリちゃんも後ろにいる。
……やっぱり好きなんだろうか。こんな感じでいつも傍にいるし。両思い?
その前に、もしかしたら勘違いされてしまった……やも?
「もしかして私達、邪魔しちゃったかしら」
「っ、違うんだヒカリちゃん! これには深い訳があって!!」
タケルくんは何も言わない。
私も何も言えない。
どうしよう。どうやって誤魔化そうか。考えれば考える程頭が真っ白に染まっていく。
『あ、の、これはね……』
「……大輔くん、ナマエちゃん借りても良いかな?」
「お? あ、あぁ」
返事を聞くととタケルくんは、私の腕を掴んで走り出した。
まさかの私には何も言わないんですか!? なんて訊けるような雰囲気ではなかった。
思わぬ急展開が続いてより頭がついて行けれていない。
一番の混乱の原因は、何故私は、タケルくんに手を引かれて走っているのか。
『ねぇ、タケルくん!』
廊下には二人分の走る足音だけが響く。
タケルくんは私よりも足が速いから(流石現役バスケ部)、正直追いかけるのが大変。
『ねぇ!!』
今度は強く呼び掛けてみると、タケルくんは突然足を止めた。止まってもらおうと声をかけていた筈なのに、勢い余って、私は前に立つ背中に飛び込んだ。
ぶへっと色気の欠片もない声が口から出た。小学生に色気なんか求める人はいないだろうけど。
顔を擦りながらタケルくんを見上げると、真面目な顔をして私を見ている。
こんなに至近距離にいるなんて初めてで、場違いだと思いながらも胸が高鳴る。
「ナマエちゃんはさ、大輔くんのことが好きなの?」
『……え? 嫌、別に、大輔はただの幼馴染みだし』
「じゃあ、さっきのあれは何?」
タケルくんの目が少し細められる。何でそんなことを訊くのか。
『あれはちょっと相談にのってもらってただけで、大した事じゃない、から。それに、大輔の事じゃないし』
逃がさないと言わんばかりに強く掴まれている腕の手のひらが汗ばんできた。手が掴まれてなくてよかった。
私の言葉を聞いたタケルくんは、少しの間何かを黙考する。そして納得がいったのか、そっかと返事をして私の腕を放した。
その表情はいつも通りの優しい笑顔に戻っていた。
素早く服で汗を拭う。気持ち悪い。
だけど次の瞬間、その行為が無意味と化した。
「それはよかった」
早く、手を洗いたい。
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