『ねぇ、信乃』

 甘味所で餡蜜を食べながら、私は隣に話しかけた。隣に座る男、信乃は、んーと気怠げに答える。
 夕焼けが信乃の銀の髪をキラキラと照らした。

『あの娘誰?』
「あの娘って?」

 分かってるくせに、と心の中で文句を言う。
 餡蜜を一口掬って食べた。

『着物とか、買ってあげてた』

 私には何もくれないのに。
 とんと横に身体を傾けて、首を信乃の肩に預ける。甘くて獣臭い信乃の匂いが、一杯に広がった。
 暮れ泥む夕陽の下には何もない私と信乃しかいなくて、私は溜め息を吐いた。
 別に私と信乃はそういう仲じゃないけど。ただずっとずっと一緒にいる私より、少し前に会ったばかりの女の子を優先されてるようで、どうにもつまらなかった。

「別に、ただ借りを返しただけだ」
『でも見惚れてたんでしょ』
「……てか、何でお前が知ってんだよ」

 餡蜜を一口掬う。
 信乃は私を見ること無く、訝しげに呟いた。否定はしないわけね、黒白さん。
 胸に違和感を感じた。モヤモヤとした感じに埋め尽くされていく。

『百花の店主に全部聞いたわ』

 あの野郎……。小さな文句が聞こえた。
 そう、全部事実ってわけね。
 一向に否定されないのが何だか悔しくて、匙を強く握って身体を起こした。温もりが一気に消える。
 あーあ、自分で話を持ち出しといてあれだけど、なんか食べる気失せちゃった。これ、どうしよう。
 匙の先でちょんちょんと餡をつつく。
 さっきより暗くなった空の下には静寂だけ。
 どうせ否定されないならもう話したって無駄だ。苛々が増しに増して、泣きたくなった。
 これじゃ好きって言ってるようなものだ。やだ……私、信乃の事好きなのかな。
 ……気付きたくなかった。だって、信乃は。

「名前」
『何……っ』

 朱に染まった白い肌で、目の前が埋め尽くされた。鼻孔を獣臭さが掠めていく。
 ガリ。信乃の牙で唇が切れた。血の味がする。
 信乃、どうして。
 カシャンと音を発てて餡蜜が地面に落ちた。
 無意識のうちに信乃の着物の袖を掴んでいた。

「……はっ、名前には俺をやる。それじゃ不満なのかよ」

 力一杯抱き締められ、耳元で声がした。

「確かに俺はお前とは違う。生きる時間も、感覚も、何もかも。けどな、好きだって事はお前と一緒なんだ」
『し、の……』
「好きだ、名前。一緒に背負ってくれるか?」

 ドクン、ドクンと重なる鼓動。涙が止まらなくて、ぐしゃぐしゃになった顔でひたすら頷いた。信乃は涙で濡れるのも構わずに私を抱き締めた。
 あれは本当に借りを返しただけだと拗ねたように呟く信乃に、思わず吹き出した。

『うん、私でよかったら、背負わせて』

 そう言って抱き締め返すと、ほんの僅か涙声のありがとうが聞こえた。


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