『何のゲームやってんの?』
始まりは正にその言葉からだった。
昔から人付き合いがすこぶる苦手で、自分から話しかけるなんてとても出来なかった。だからクロ以外に友達なんかいなかった。
皆がわいわいと話す休憩時間だって、一人ぽつんと自席に座ってひっそりゲームをしていた。誰も俺を気に留めようとしなかったし、そっちの方が有り難いと言えばそうだったのかもしれない。
その日も昔のまま何ら変わりなく、ゲームの続きをしようとスイッチを入れて、画面に集中していた。もう少しでクリア出来るんだ。スタート画面からプレイ画面に変わってまもなく、俺の前に誰かが立っているのに気付いた。
全く気付かなかった。誰、だろう。
ぶわっと汗が噴き出して、視線を至る所に彷徨わせる。画面の中身は一向に動かない。
そして冒頭の台詞に戻る。
……あ、でもこの声知ってる、苗字さんだ。
少しだけ目線を持ち上げて顔を伺うと、いつになく笑顔な苗字さんがいた。こんな子供らしい表情もするのかと僅かに驚いていたら、また同じ質問が繰り返された。
『面白い?』
「……別に、暇潰し、だし」
ふぅんと言って前の席に座った。
間違った事は言っていない。特別面白い訳ではないし、かと言ってつまらなくもない。時間をかけて強敵と戦って勝てば、そこそこの達成感は得られる。しかしその前に飽きてしまう事もあった。だから俺の答えは正しく普通だった。
『私もゲーム好きなんだよね! だから前から孤爪くんに何やってるのか訊きたくて、でもなかなか勇気も出ず……』
今度は照れたように笑う。本当に、コロコロと表情が変わる人だ。
やっと動き出した画面の中では小さなキャラクターが敵を真っ二つにしてやっつけていた。スピーカーから楽し気な音楽が小さく聞こえた。
『ねぇ、おすすめのゲームあるんだけどやってみない? やりこみ要素満載できっと孤爪くんも気に入ると思うんだよね』
「!」
いきなり苗字さんの顔が近付いて、俺の顔は同じように後ろへ動いた。
ドキドキを通り越してバクバクと鳴る心臓。思わずゲーム機を手から落としてしまいそうになった。リザルト画面を表示したそれは、回復アイテムだとかスキル本だとかを入手した事を告げていた。
こういう時、どうしたらいいんだろう。困った時のクロ、て感じでほぼクロ任せにしてたから。……勿論興味はある。だけど、どういう風に返事をしたらいいのか。
「え、えと……」
『あ……ごめんなさい、私ったら突然。孤爪くんと話せてハイになってたみたい』
苦笑いを浮かべて離れる苗字さんに、俺はほぼ反射的に返事をしていた。
「何て、ゲームなの?」
その瞬間、苗字さんの表情は花が咲いた様に明るい笑顔に変わる。この人は笑顔が一番良い、と柄にも無く思った。
こういうストーリーで、装備をカスタマイズして、サブストーリーとかも沢山あって……。俺が興味を示したのが余程嬉しかったのか、彼女の口は軽快に動く。勿論それはネタバレしない程度の簡単なものだったけど、彼女の説明にはとても興味をそそられた。
一言一句逃さないように、試合中さながらに神経を尖らせる。何故か少しでも多く彼女の声を聞いていたかった。
こんな事を今まで思った事はなくて、自分でも驚く。
『あ、休憩終わっちゃった』
「え……」
もう、と思うくらい時間が過ぎるのが早く感じた。慌てて時計を確認しようとしたが、それより先に予鈴が鳴って無意識のうちに入っていた力が脱けた。空中にあったゲームとそれを持つ手は自然と膝の上。
これは、何なんだろう。落胆? 名残惜しい?
じゃあ明日持ってくるねと席を立った苗字さんの腕を反射的に掴んで止めた。吃驚して振り返る苗字さんと、同じ様に驚いた俺。何やってんだろう。直ぐに俯き手を離して小さく謝った。どうしよう、勢いで手を出してしまった。恥ずかしい。
その時上からクスクスと楽し気な笑い声が聞こえた。怖ず怖ずと顔を上げて、思わず目を奪われた。
『また明日、必ず持ってくるから』
じゃあねと律儀に挨拶をすると、苗字さんは今度こそ自席に戻っていった。
……よし、今日中にクリアしてしまおう。
妙に胸がポカポカする。視線を画面に向けてセーブをし、静かに電源を切った。
260219
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