カラカラ、と扉が開かれる。衝立越しによって何も見えないが、それが誰かと言うのはよく分かっていた。

「いらっしゃい、苗字さん」

 僕の声に応じるように、訪問者は姿を見せる。妙に虚ろな瞳を揺らしながら、その足を一歩、一歩とこちらに運んだ。
 その様子を、足を組んで眺める。
 飽くまでもスクールカウンセラー。普通の先生達には言えない生徒達の悩みを聞くのが仕事だ。だから、どこまでも優しく、どこまでも正しく、“カウンセラーの僕”は言葉を吐く。
 苗字さんもまた、その一人。静かに傍に寄ってくると、工藤先生、と口を開いた。微かな熱をのせられた声に笑みを深くした。

『先生、好きです、先生』

 譫言のように呟いてはセーラー服のタイを解き、膝の上に跨がる。
 譫言のよう、と言ったが、その言葉には確かに意思が含まれている。頬も紅潮し、虚ろだった瞳はむしろ色を持っていた。
 困った娘ですね、なんてのは建前で、手は正直に白い頬に伸びる。シャープともふっくらとも言えない、しかし柔らかくすべすべな肌。輪郭をなぞるように指を下ろす。それを意に介することなく苗字さんは僕の首に腕を回す。僅かばかり高い彼女の双眸は、まるで待ての指示を出された犬のようだった。
 期待に応えるよう、声に出さずおいでとただ口を動かす。直ぐ様艶やかな唇が近付いた。躊躇なく噛り付くと、彼女は甘い息を吐いた。
 暫く、互いの酸素を奪うように重ね続ける。そして漸く離れると、苗字さんの頭が僕の胸へ寄せられた。そのまま僕を見ることなく、毎度繰り返されている質問を投げ掛ける。

『ね、工藤先生』
「……何ですか」
『私は、間違ってないですよね』

 本当に問うているのか、自己暗示なのか、見当もつかない。
 その見当もつかない言葉に、再び“カウンセラーの皮を被った僕”が答える。

「うん、君は間違ってない」

 間違っているのは、むしろ――。
 僕らしくないそんな思考を黒い穴に放り投げた。


260410



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