※黒桃
 来るな来るなと願っていても、残酷に時は過ぎていった。願えば願うほど、あっさりと、過ぎていった。

 彼の色である水色のドレスに身を包んだ私は、捨てようかと何度も迷った招待状を片手に式場を訪れた。だって、捨てられる筈がない。彼からの初めての手紙なのだから。
 プリントされた字の横に小さく書かれた「絶対に来てくださいね」という彼の字が、私を縛り付けていた。
 受付を済ませ中に入る。真っ先に私に気付いたキセキの世代が手を振った。

「もー、名前っちってば遅い!」
『ごめんごめん』

 皆の正装なんて滅多に見れない。少し物珍しい気分になりながらも、心中はそれ以外で占められていた。
 この中に、彼と彼女だけがいない。
 嗚呼、嘘じゃないんだ。嫌でも実感せざるを得ないじゃないか。
 新郎の部屋に行くぞとぞろぞろ列をなして、私はそのしんがりを歩いた。前を歩くメンバー全員が黄瀬を弄り倒している。高校を出てから会う機会がより減ったが、それでも何等変わりない彼等の様子に、彼がその場にいないことが余計に空しかった。
 人知れず溜め息を吐く。
 俯き加減で歩を進めていると、隣に誰かが並んだ。重々しく顔を上げると、前を向いたまま私の横を歩く赤司の姿があった。

「よく来る気になったな」
『何それ、喧嘩売ってんの? 大事な幼馴染みと友達の結婚式に行かないなんて、どんだけ薄情なのよ私は』
「違う。お前は大丈夫なのかという話だ」

 赤司のオッドアイが、ちらりと私を映した。
 大丈夫な訳がない。そんなこと分からない赤司じゃないだろうに。単に傷を抉るために来たのだろうか。そんな浅はかなことをする人ではないと分かりながらも、その心配さえ逆撫でする要因にしかならない。
 本音を言ってしまうと、逃げ出したかった。誰にも会わず、今すぐに。
 ツンとし始めた鼻に気付かない振りをして、また俯いた。

「ならば拐ってしまえばいいだろう」
『……驚いた。赤司でもそんな現実味のないこと言うのね』
「出来ないことは言わないさ」
『私にそんな勇気があるとお思いで?』

 態とらしく肩を竦める。
 そんなものあるわけないじゃない。仮にそうしたとして、彼の気持ちはそこには無い。昔から、無いの。
 中学の時の名前は、もっと強引さがあったと思うが。微笑を溢しながら言う。それ程までに時が経ったのよ、時がね。

『生憎そんな確率の低い博打に手を出す程、私はギャンブル好きじゃなくてね。スリーセブンを狙うぐらいなら、一銭も使わずことを進めたいのよ』
「それだから受け入れ難い現状を作ってしまったんだろう」
『う、やっぱりあんた傷抉りに来たわけ?』
「まさか」

 程無くして、新郎の控え室に到着した。
 この部屋に入ると、本当に認めてしまう。そんなことこの場所に来たときから覚悟していた筈なのに、ここに来て嫌だと心が叫んだ。
 連れ去る勇気など欠片も無いけれど、それならば行かないでと喚いてみようか。あわよくば私と、だなんて。
 そうだよ。何もかもが、今更なんだ。
 何が悪かったのかと言うならば、心のどこかで高を括っていた甲斐性無しの私だ。
 ノックもそこそこに、入るぞと扉を開けた。

「皆さん、来てくれてありがとうございます」

 息を呑んだ私に、赤司は今度こそ何も言わなかった。
 白のタキシードに身を包んだ彼は、心から嬉しそうに微笑んだ。
 嗚呼、その横を歩くのが私なら。何度願い、何度想像したことか。もう二度と叶わない。
 まさか桃井の恋が叶うとは思ってなかったのだよ。
 そーそー。黒ちんがさっちんと付き合うとはね。
 それは、流石に酷過ぎじゃないですか。
 皆にからかわれながらも、その両目にしっかりと私を映した。

「絶対とは書きましたが、もしかしたら来てくれないかと思いましたよ、名前さん」
『どいつもこいつも、私はそこまで薄情じゃないわよ。心外だわ』

 大切な幼馴染みという理由を盾に、笑い返す。
 知っていますよ、誰よりも。だなんて、なんて甘くて苦い響き。止めてよ本当。

『結婚おめでとう、テツヤ』

 願わくば、彼女と貴方のその笑顔が永遠に続きますように。
 全ての想いに、その願いで蓋をした。


願う…希望が実現するように請い求める。
題は「確かに恋だった」様より。
260111



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