『いない?』
いつもより長く感じた午前の授業が終わり、待ちきれなかった私は先生が去るより早く教室を出た。その時の敬人と泉の顔は今思い出しても笑える。
しかし、どうやら私の幼馴染みは私より気が早いらしい。昼休憩が始まってまだ10分と経っていなのに、私がここに来るより前に、転校生ちゃんと仲の良いクラスメイトを連れ丁度私達が立っている出入口から出て行ったそうだ。いやいやどんだけだよ。
『アドニスくん、どこに行ったか分かる?』
「……すまないが俺には分からない」
問えば、この2年A組の乙狩アドニスくんはその男らしい眉を八の字にして首を振った。清潔感のある白いカッターシャツに、色黒の肌がよく映える。なんでも、彼は出ていくところだけを見ていたそうだ。
うーん、一緒にいるとなれば幼馴染みに連絡をとった方が早そうだ。――いや待て? よく考えたら財布もスマホも何もかも教室に置いてきてるぞ。あーあ駄目だこりゃ。
ただ探すにしても、この広大過ぎる、御屋敷じみた学院の敷地を歩いているだけで昼休憩が終わってしまう。もう大人しく教室に帰って放課後を待つか、と肩を落としていると、アドニスくんがたまたま近くを通った男の子に行き先を訊ねてくれていた。なんて優しい子。
「神崎、明星達が何処に行ったか知っているか?」
「む、むむ? 彼等なら確か、転校生殿を食堂に案内すると言っていたような気がするが」
唐突過ぎる質問に長い青紫の髪を一つに束ねた少年(神崎くんと言うらしい、確か敬人のユニットの子だ)は一度たじろいだが、すぐにことも無さげに答えた。こんな問答はいつものこと、と言った感じだ。
きっちりと制服を着こなした神崎くんのその腰には日本刀らしきものが提げられている。いいのか? ――ううんこれは見なかったことにしよう。
閑話休題。
成程、丁度お昼だし、転校生ちゃんはその場所を知らない。確かこのクラスの委員長だったであろう彼は、その世話好きを存分に発揮しているに違いない。思わぬところから情報を得ることが出来た。
『食堂か……分かった、ありがとう』
貴重な昼休みの時間を割いてくれた2人にお礼を言って手を振り、小走りで食堂を目指す。口五月蝿い副会長や生徒会顧問の先生に見つからなければ問題無い無い。
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校舎の裏側にある食堂へ向かうには、向かい合う校舎を繋ぐ渡り廊下から一度外に出る必要がある。そこから食堂へ行く方法は2つ。校舎に挟まれた中庭を通って、校門側に位置する講堂の横をすり抜けて行く方法。2つ目は、中庭と反対側にある、グラウンドや体育館に繋がる道を通る方法。前者は回り道になるので、後者のルートで行く人の方が圧倒的に多い。
さて、その渡り廊下だが、遠目から見てもいつも通りそこいらに下足が散らばっているのが分かった。ここから出るときはそのうちの適当な靴を履いて出る、というのがここの暗黙のルールなのだ。要はわざわざ生徒玄関まで自分の靴を履きに行くのが面倒、というだけなのだが。そんなことするのは多分潔癖症の人くらいじゃないだろうか。
そんなことより、あの子達足早すぎ。彼のことだから、逐一あれはどうだこれはなんだと説明しながら移動してると思っていたのだけれど、歩いてる筈の集団に小走りの私が追いつけないなんてどうなってんだ。おかしい。
『……足に小型ジェットでも付いてんの?』
「ひ、氷鷹くん、そんなつもりじゃないのは重々承知だけど……セクハラに見えるよ?」
『ん、ひだか?』
立ち止まって、とりあえず履き替えてみるかと考えていたら、下駄箱を1つ挟んだ向こう側から聞き覚えのある苗字が聞こえた。この学校でその名高い苗字を持つのはたった1人、幼馴染みだけだ。
セクハラって、何やってんのあの子。生真面目なあの子とはおよそ無縁な単語な気がするけれど。
片足を突っ込んでいた下足を行儀悪くも脱ぎ捨て、その向こう側へと回り込んだ。
――はいいが。
『お、ほ、はぁ!?』
「えっ」
ア、アウト〜〜! 何やってんだお前それは駄目だろ。
飛び込んできた光景が色々突っ込みどころ満載で何から喋ればいいのやら。
まずこちらを振り返った女の子は何とも言えない微妙な表情のまま。その前に跪くようにして何かをしているのは幼馴染み、氷鷹北斗。彼の顔の高さは丁度彼女のスカートの中が見えるか見えないかぐらい。多分視界の邪魔になるからだろう、その裾を押さえるように手を添えている。まあ一言で言えば危ない人。
「……琴音、何をしているんだ?」
『その状態でそれ訊く? あんたの方が何してんの』
「?」
「氷鷹くん本当に気付いてないんだね」
さっきからつっこみを入れている苦笑いのゆうくん――遊木真くんは、ズレかけた眼鏡のブリッジをくいと持ち上げた。
思春期真っ盛りの男子高校生。いくらアイドルだからと言えど、そういう欲とか、恥じらいとかあるだろうに。否、堅物でそういう面に鈍感なこの幼馴染みには言うだけ無駄なのだと私はよく知っているじゃないか。あんたは少し羽風くんを見習った方がいいかもしれない。
だからと言って、セクハラは駄目だぞ。
『ほらほら立った! 本当にスカートの中覗くつもり?』
「!? ち、違う、誰もそんなことはしていない!」
言葉を聞いて漸く理解したらしい北斗ががばりと立ち上がった。その衝撃で少しめくれた女の子のスカートを手で直す。
『大丈夫だった? 変なことされてない?』
「あ、だ、大丈夫、です。北斗くんは私の靴が無くならないようにと名前を書いてくれていただけで……」
『何も無いならいいんだけど。もし何かされたら私に言ってね。いつでも殴り飛ばしてあげるから』
「おい」
△▽