50mに続き握力、立ち幅跳び、反復横飛びと順調にことは進み、個性の力が及ばない握力を除いてはそこそこの結果を出せている、と思う。
個性使用可とは言えやることそのものはやはり通常の体力テストと同じなわけで、自分の順番を待っている間は特にすることもなくただ待機しているだけ。折角だからと誰かと話そうにも、なかなかそのタイミングを掴みあぐねていた。緑谷くんと飯田くんとは教室で挨拶出来たけれど、今は話しかけれるような雰囲気でもない。除籍がかかってるのだから当然と言えば当然だけれど、どちらも凄い顔をしている。――挨拶し損ねたあの人は色んな意味で他を寄せ付けないし。
なら、ここは是非女の子と仲良くなりたいわよね。2つ後ろの席のポニーテールの娘とか、さっき50mを蛙みたいに跳ねて移動していた娘とかエトセトラ。
よし。このテストもだけれど、友達作りも頑張ろう!
「ねえ!」
『ウッ』
……ゴホン、オーケーオーケー落ち着きましょうオーケー。誰かしら今肩ポンしたの。
ギギギと振り返ると、満面の笑みを浮かべた女子がそこにいた。あ、さっき緑谷くんの横に立っていた茶髪の娘だ。
「水無月さん、だよね! さっき教室で話しかけようとしたら水無月さん座席表見に行っちゃったから、タイミングを逃してしまって」
『えっ、そうだったの!? ごめんなさい……』
「あっううんそういうことじゃないから謝らないで!」
明朗快活な彼女は、麗日お茶子と名乗った。天使かな。ちょっと変わっているけれど、可愛らしい名前だ。麗日さん自身もその名に違和感を感じさせない。天使だな。
「ねね、燈弥ちゃんって呼んでもいい?」
『も、勿論!』
断る理由なんてあるものか。そう全力で返事をすると、麗日さんはにへらと笑った。
思わぬところで高校生活初の女友達が出来、胸がジーンとしてる。嬉しい。
「燈弥ちゃんの個性って、体から水出てるん? 50mとか水上ジェットみたいになってたよね!」
『(水上ジェット……)いいえ。水蒸気とか、ほぼ体外の水を集めているだけ。私の個性は、水を自由に操れるのよ』
「へえ〜かっこいいなあ!」
『あ、ありがとう。麗日さんは……さっきのボール投げ、どこまでも果てしなく飛んでいっていたけれど』
そうなのだ。セイ! という可愛らしい掛け声と共に投げられたボールは、その割りにふわふわと飛び続け、そのまま無限という測定結果を叩き出した。もしかするとこうして話している最中も未だどこかをふよふよさ迷っているのかもしれない。
「ああ、それね! あたしは触れたものを無重力に出来るんだ」
こんな感じで、と軽く肩を叩かれたと思えば、次の瞬間私の身体はいとも簡単に宙を浮かんでいた。
『う、わっ』
初体験の無重力。地面からほんの数cmしか浮いてないのに、どこからも引っ張られないとこうも身動きがとれなくなるなんて。
麗日さんが指を合わせて解除と言うと、ズシッと身体に重みが戻ってきた。体を支えるため、足に一気に力が入り少し痛い。でも地に足がついていない感じで、たった一瞬だったのに全身がふわふわしている。阿呆みたいに口を開けて目を瞬かせるだけしか出来なかった。
『……何これ凄くない?』
「えへへ、それほどでも〜」
手を頭の後ろにやり、満面の笑みを浮かべる麗日さん。可愛い。
しかし実際彼女の個性は色々なことに使えるだろう。物資の大量搬送や人命救助。平衡感覚を狂わせることで戦闘力を削いだり、場合によっては大規模攻撃も可能だと思う。
よし、私も自身の個性が何に向いているのか、どんなことに使えるのか、もっと研究していかないと。
「あ」
『どうし、え、もう緑谷くんの番?』
突然零れた麗日さんの声に連られてそちらを向くと、丁度緑谷くんがボール片手に投擲する円の中へ入っていくところだった。危ない、もうそんなところまで進んでいたらしい。
歩きながらチラリと見えた緑谷くんの顔色が蒼白だったけれど、大丈夫かしら。そう思ったのはどうやら麗日さんも同じのようで、心配そうな瞳で彼を見つめていた。
◇◇◇
クラスの一部をハラハラさせた緑谷くんは、2回目の測定でなんと爆豪くん並の記録を残した。並ばれた当の爆豪くんは、まさか信じられないというふうに口をあんぐりと開け、目をかっ開いて緑谷くんを見ていた。凄い顔だ。ごめんなさい面白い。
一悶着あった緑谷くんに続いた私は、水でボールを打ち上げてあっさり終了した。思っていたよりも飛ばすことが出来たからひとまず安心。麗日さんやその隣にいた飯田くん達と話しつつ、淡々と計測は進んだ。
「んじゃパパッと結果発表。トータルは単純に全ての評点の合計数だ。口頭で説明するのは時間の無駄なので、一括開示する」
相澤先生が、結果が記録された端末を操作する。その画面を上向きにすると、ホログラムのランキング表が現れた。私の順位は――あった! 中の上! ううん微妙。でも除籍は免れそうだ。
そして気になる最下位は、緑谷くんだった。ボール投げは素晴らしい結果を出したが、それ以外は至って普通。何となく予想は出来てしまっていたけれど。誰もが気遣わしげな表情で彼を見る。緑谷くんの表情は絶望を浮かべていた。
だってそうよ、折角難関の入試を突破してここまできたのに、こんなにあっさり……。
「あ、ちなみに除籍は嘘な」
『えっ』
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
「はーーーーー!!?!?」
ゴ、ゴウリテキ、キョギ??
二タァと笑ってとんでもない爆弾を落とされる。
た、確かに、追い詰められ極限に近付くことで最大限を発揮出来るという点は納得出来る。だけど。ポニーテールの娘が呆れた顔で「あんなの嘘に決まってるじゃない。ちょっと考えれば分かりますわ」と言っていたけれど。「そう言うこと」と相澤先生も言い残して去って行ったけれど。いやいやいやどこからどう聞いてもどう見ても嘘じゃなかったでしょアレは。下手したら初日から誰か消えてたでしょ。
「ともあれ、除籍にならずに済んでよかった」
「はー……相澤先生ってば心臓に悪いよ……」
『……緑谷くん生きてる?』
「……う、うん……なんとか……」
全員で心臓付近を押さえる。掌に伝わる鼓動は、まだ嫌な音をたてていた。
もしかして私たちって騙されやすいのかしら。4人揃って溜め息を吐いた。
その後教室でカリキュラムの説明や超簡単な学校案内を受け、あっという間に下校時間となった。初日なのに何だか無駄に疲れてしまった気がする。
生徒玄関を抜け、校門までの道をとぼとぼと歩く。
結局あの人には挨拶どころか話しかけることさえ出来なかった。正直に言うとめまぐるしくことが進んでいき、そんな余裕を持てなかったのだ。放課後は、クラスメイトに話しかけられたり顔と名前を覚えるのに必死になっていたらいつの間にかいなくなっていたし。
『明日こそ……』
「水無月」
『ヘァッ!?』
びっ、びびっ、吃驚した。完全に油断していたから大袈裟に声をあげてしまった。今日はやけに後ろから話しかけられる。
振り向けば「おお」と驚く赤と白のツートーンカラーが目に入った。それを見ただけで私の心臓は朝のように心拍数を上げるものだから、斯くも単純である。
「悪い、そんな驚かれるとは思わなかった」
『あ、や、私の方こそごめんなさい……』
てっきりもう帰ったと思っていた。ていうか、轟くんが話しかけてくれたのに私ったらなんだ今の声は。お前はウルトラなマンか。緑谷くんを不思議なリアクションだなとか評してる場合じゃない貴女も大概。ここに穴があったら即刻埋まりたい。いっそ個性使って地面に掘るか。
私が悶々としている一方で、轟くんは首を傾げて歩き出している。対象はてんで気にしていないみたいだ。とにかく落ち着け自分。
『ま、まさか、轟くんと同じクラスになれるとは思わなかった』
「お前座席表見た後少し固まってからすげぇ勢いで振り向いたよな」
『しっ、仕方ないでしょ吃驚したんだから!(うわ全部見られてた死にそう)』
少し裏返ってしまった声が更に恥ずかしくて死にそう。
『そうそう、テストお疲れ様。2位だったでしょ? 流石だわ』
「……それは皮肉か?」
『ちっ違う! 素直な気持ち!』
慌てて弁解をする。2という数字は彼にとってあまりいいものではないらしい、ということは分かっていたのだけれど、私からしたら充分賞賛に価する結果だ。決して馬鹿にしているわけではない。
そこは分かっているようで、冗談だと言ってくれた。そしてお前も相変わらずだ、と。ちょっと? どういう意味かしらそれ。ジトリと横を歩く端正な顔を睨めつける。
「……別に」
『ふぅん』
ふぅん。
『ま、何はともあれ また3年間よろしくね』
「ああ」
一周回って大分落ち着いてきた。ちょっと気になるところもあったけれどなんとか笑顔で挨拶を終えると、轟くんも頷いてくれた。
またと言うのも、私と轟くんは同じ中学出身で、2年生に進級する前の春休みに知り合った。ある事件をきっかけとして。そこから少しずつ話すようになり、今では男子の中では最も話せる人ではないだろうかと勝手に思っている。相手がどうかは分からないというのが悲しいところ。ただ、こうして話しかけてくれるということは、あまり悪くない位置にはいるのだろう。そう思うと僅かに顔がにやけた。
やっぱり轟くんは首を傾げていた。
それでも構わないくらいには、この何気ない今が幸せだった。