虹のスプーンで雲を食む
この城に来てからというもの自分の作った料理を食べるということはほとんどなく、たまにお菓子作りはしたりするものの、包丁を握ってフライパンを揺するなんていうことからはめっきり遠のいてしまっていた。
騎士宿舎のキッチンを借りるようになってから、私は時折ジルにお願いして自炊をさせてもらっていた。元々料理全般が好きだったため、月に数回のこの時間はとても良い気分転換になっている。無論、料理だけではなく、アランと二人きりの時間を過ごせるということも私の心を弾ませる大きな理由なのだけれど。
料理はアランと私の共通の趣味だ。二人で過ごす時、もちろん甘い会話もするのだが、今度は何を作るかあれこれ考えるのもとても楽しい。それは幸い彼も同じように楽しんでくれているようだった。
アランはフライパンで手早く作るのが得意。私は煮込み料理が得意。
今日はアランがオムレツを作って、私が野菜たっぷりのポトフを作ることになっていた。
私はにんじんとじゃがいもと玉ねぎとキャベツの下ごしらえをしていた。とんとんとんと小気味よく響く音に、思わず心も弾む。にんじんは丁寧に面取りをしよう。
「その籠にあるかぶも入れたらうまいんじゃねえか?」
「うん、いいね。入れよう」
煮込んだらとろとろで美味しそうだ。ベーコンも適当な大きさに切って鍋に入れた。火を付けたらコンソメと塩こしょうをして弱火でことこと煮込む。もちろんローリエも忘れずに。
アランは玉ねぎをみじん切りにしていた。思わず見とれてしまうほど手際がいい。私はみじん切りが苦手でいつももたもたしながら切っているのだけれど、アランは慣れた手つきで包丁を操っている。覗きこんでじっと見ていると眉根を寄せたアランから非難の声が上がった。
「じろじろ見られると気が散る」
「だって上手なんだもん」
ったく、とため息混じりに言いながら、左手でボウルを引き寄せて右手で卵をこれまた見事に割っていく。
「片手で卵割れるの!?」
「お前っていちいち感動するよな。人生楽しそうだな」
半ば呆れ顔で反応するアランをよそに、私はいたく感動していた。
フライパンにバターを溶かして温める傍ら、卵に塩こしょうをしながら混ぜていよいよ焼きに入る。
「こんなに熱々でいいの?」
「いいんだよ。まあ見てろって」
卵をフライパンに流し込むと、揺すりながら勢いよく卵を混ぜる。そして奥に卵を寄せると形を整えながら少しずつ引っくり返すように成形してあっという間にぷるぷるとしたオムレツが出来上がった。
「アラン天才!」
「ったりめーだ」
「いつでもコックさんになれるよ」
「何言ってんだバカ」
こつんと額を小突きながらオムレツをお皿に盛るアランを見上げて私は幸せな気持ちで食卓の準備をした。なんだか新婚さんみたいだ。口元に自然と浮かぶ笑みに応えるように、花瓶に飾った花が窓から吹く風を受けて笑うように揺れていた。
***
「アランの作ったオムレツ美味しい!」
口に入れるとふわりと溶け、バターの香りが鼻から抜ける。見た目も味も王宮お抱えの料理人に引けを取らないできばえだ。
「俺が作ったからな」
得意気に笑うアランを見てつられて私も笑った。
「私の作ったのはどうかな…?」
「うまいよ」
自他共に厳しい彼が素直にそう言ってくれるのがとても嬉しくて、私は顔をほころばせた。
ここでは堅苦しいテーブルマナーも必要ない。好きなものを好きなように好きな人と食べる。なんて幸せなのだろう。もちろん一流の料理人が作るものも美味しいけれど、自由にのびのび食べられるのに優る幸福はない。
「良い顔で食べるな、お前」
「アランが作ってくれたのをアランと食べてるからだよ」
そう言うと彼は目を細め、私の頭にぽんと手を乗せた。○○。愛しい声で名前を呼ばれると、その深い瞳と視線が交わる。ただそれだけで私の心は甘くざわついて、鼻の奥がつんと痛くなってしまうのだ。
「城下が懐かしくなったらまたここに来いよ」
優しい声音と温かい手に、私はどうしようもなく泣きそうになる。
「…ありがとう」
フォークを置くと、窓から注ぐ日の光を反射してちかりと目を刺した。少し潤んだ瞳を誤魔化すように、私は席を立ち紅茶のポットにお湯を注ぎに行った。
「…でもね」
「ん?」
「街にはアランがいないから、やっぱり私はここで生きたい」
私の言葉に二、三度瞬きをすると、私の腕を引き寄せて自分の前に立たせる。そして私を真っ直ぐな眼差しで見つめると頬に手を添えてゆるりと撫でた。
「そこまで言われたら責任取らねえとな」
「え、責任って…」
言葉を言い終える前に手を引っ張られ、額に口付けを落とした。
「冷める前に食べようぜ」
「…うん」
喜びも悲しみも全てこの身で受け止めよう。逃げ出さずにこの道を選んだのを他でもない私自身だ。何があってもきっと大丈夫。
そう思えるのはアランが作ってくれたご飯が私の血となり肉となるから。この体があれば私はどこまででも進んでゆける。この一匙に籠った愛情を受け止めて明日のエネルギーにしよう。
「いただきます」
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