倒れる。
そう思うが早いか、○○の体は大広間を出た瞬間に膝から崩れ落ちた。隣に控えていたジルが咄嗟に○○の肩を支えたため、地面に倒れこむことはなく思わず息をつく。
「プリンセス、大丈夫ですか」
ジルが尋ねると、○○は眉根を寄せて苦しそうに呻いた。額には汗が浮かび、緩慢な動きで暑そうに首筋を拭っている。大ぶりなネックレスが肌に張り付いて、見るからに気持ちが悪そうだ。
「まったく…勧められた酒を断る術を学ぶ必要がありそうですね」
ため息をつきながらそう言うと、ジルは自分の傍に来るよう俺に目配せをした。
「アラン殿、プリンセスを部屋まで運んでいただけますか?私は来賓の対応でホールに戻らなくてはいけませんので」
俺の返事を聞くより前に○○の体を俺に預け、身をひるがえして長身の背中は豪華な装飾の施された重厚な扉の向こうに消えていった。
○○の体が熱い。熱が伝染して浮かされてしまいそうだ。無防備な寝顔に自然と顔が吸い寄せられそうになったが寸でのところで思い直し、邪まな思いを振り切るようにぐったりとした体を持ち上げ立ち上がる。何やってんだ、今は仕事中だ。
無敵遊戯
○○の部屋の前に辿り着くと、○○は僅かに身じろぎをしながら薄く目を開いた。
「…キッチンに行って」
「は?」
何でだよ、と問うとその目は既に閉じられており、静かな寝息だけが再び廊下に響いていた。俺は溜め息を吐きながら訳も分からずキッチンへと歩を進める。気持ちよさそうに寝やがって。
渡り廊下を抜ける風が肌に心地よく、髪を優しく揺らす感覚に目を細める。
遠くでは未だに舞踏会の喧騒が響いている。ふと、さっきまでルイやその他大勢の貴族と手を取りワルツを踊っていた○○の姿が目に浮かんだ。こいつも好きで相手をしている訳ではないとは言え、やはり自分の好いた女が他の男と体を寄せているのを見るのは良い気分ではない。壁際で腕組をしながらじとりとした視線を向ける自分を思い出し一人苦笑した。
「おい、着いたぞ」
流石に脱力しきっている大の大人を抱えるのは限界があり、傍らの椅子を引き寄せると○○を静かに座らせる。うーんとうわ言を漏らしながら、ようやくその目を俺に向けた。
「…アラン…」
「キッチンに何の用があんだよ」
「お酒、アランの部屋で飲もう」
思いもかけない言葉に、俺は面食らった。
「寝言は寝て言え。お前弱いくせにまだ飲むのかよ。もうやめとけ」
「じゃあ私はいいからアランだけでも飲んで」
「はあ?何で俺が…」
「私だけ酔ってるのずるい。アランも酔ってよ」
口を尖らせながらまくし立てる○○に俺は閉口した。
「…お前、酔うと随分強気だな」
しかし月明かりに照らされた瞳は俺の心を揺さぶるには充分すぎるほど濡れていて。舞踏会の間中、着飾った○○に触れられなかった苛立ちも手伝い、俺はまんまとこいつの誘いに乗せられてしまっていた。
***
「アラン、お酒強いね」
「別に強くもねえだろ。まだ2杯しか飲んでねえよ」
ふーん、そういうものかぁ、と間延びした返事をしながら○○は満足げに3杯目のワインをグラスに注いだ。こいつはと言うと未だに酔いは覚めておらず、目尻を赤く染めてにこにことしている。華やかな舞踏会にお誂え向きの胸元の大きく開いたドレスが俺の視線を嫌が応にも奪い、段々回ってきた酒の力も手伝って心臓は煩く鳴り続けた。
「…お前さ」
「ん?」
「他の男と踊るとき、どういう気持ちなの」
「どういう…?」
不思議そうに首をかしげ、俺の顔を覗き混む。その仕草に胸が甘く疼いた。
「お勤めだと思ってやってるよ」
「ふーん…」
お勤め、ねえ。まあ真っ当な答えだろう。しかしどこか釈然としない気持ちを持て甘し、その気持ちを流すように勢いよくグラスをあおった。
「もしかしてルイたちに焼きもち妬いてるの?」
どこか嬉しそうに○○は俺の顔を覗き込んだが、俺の心中は穏やかではなかった。本当は俺の女だと見せつけたい。けれど決して悟られてはいけない。独占欲がぎりぎりと音を立てて心を締め付ける。
「二人きりの時に他の男の名前を呼ぶなよ」
低い声で呟き、隣で座る○○の唇を塞いだ。何度も角度を変え、息さえも奪う。
「っ…アランっ、苦し…」
○○は俺の胸を押し返そうとするが、その腕をソファに縫い付け容赦なく首筋に噛みついた。
「きゃっ…!」
白い首筋に赤い印を何度も刻む。前にこれをした時、髪を上げられないと咎められたのを思い出すが、今はそんなことはどうでも良かった。ただ俺のものだという証を刻みたい。その一心で唇を落とし続けた。
舌を差し込むと、ぎこちないながらも○○も懸命に応えた。おずおずと俺の首に回された手は次第に熱を持ち、その瞳も一層涙で膜を張っている。
俺は○○の体を起こし、自分の正面に向かい合うように跨がらせた。息の上がった○○と目が合い、知らず愉悦から口角が上がる。
「そんな顔されたらたまんねえな」
するりとドレスの裾から手を滑り込ませると、既に熱を持って潤んだそこに指を這わせる。
「やっ…!だめ、アラン…!」
「こここんなにして、何が駄目なんだよ」
言葉で責めると○○は一層高い声を上げ、俺の肩に置いた手にぎゅっと力を込めた。シャツ越しに爪が食い込むが、今の俺にはそれさえも興奮を煽らせた。
自分が普段より饒舌なのは酒のせいだろう。そしていつにも増して○○の感度が良いのも。普段から酒はあまり飲まないが、たまにはいい。こいつのこんな顔を見られるのだから。
指を差し込むとそこは熱く潤み、俺の指をぎゅうっと締め付けた。ぬるりと中を撫でると、荒く呼吸を繰り返しながら○○が肩口にしなだれ込んでくる。
「アランっ…あっ、」
「キス、しろよ」
半ば熱に浮かされるように発した言葉は湿った空気の中で二人の鼓膜を震わせた。いつもだったら僅かながら抵抗を見せるのだが、今日は驚くほど従順に俺の唇を含む。
「もっと。舌入れて」
「…んっ…はあっ…」
快楽に睫毛を震わせながら恍惚の表情を浮かべる様に、肌が粟立つほど興奮を覚えた。
上品なドレスの下で響く淫らな水音に○○も気づいているのだろう、やがて唇を離すと羞恥に頬を染めながら顔を隠すように俯いた。
その仕草に堪らなくなり、俺は自分のベルトに手を掛けた。無機質な金属音は生々しいこの空間に驚くほど不釣り合いだ。この音が何の合図なのか○○は早々に察したようで、涙を湛えた瞳ですがるように俺を見上げた。唇から覗く赤い舌が、これから襲い来るであろう快楽の波を予兆しているかのようだった。
○○の腰を引き寄せ、持ち上げて自分の腰に沈ませる。潤んだ二人の粘膜が擦れ合い、○○は嬌声を上げた。
「あっ…アラン…!…んっ…!」
「…○○…」
脊髄を駆け上がる快感に、意識が遠退きそうだった。密着した胸と胸が熱い。互いに背中に手をまわし、もどかしい境界線を埋めるように抱き締め合う。
「だ…だめ…あっ…!」
快楽が過ぎるのか、○○は腰を浮かせて逃げようとする。
「逃げんなよ…」
腰を掴み再びその身を沈ませると、○○は涙を溢しながら俺の肩に爪を立てた。俺は衝動の赴くままに奥を突き上げる。
「あっ…!やっ、そこ、だめ…!」
「駄目、じゃねえだろ…」
額に滲む汗を感じながら、目の前にある唇を貪った。
「気持ちいいって言ってみろよ」
「や、お願い…」
「ほら、早く」
頬に手を添え唇をなぞる。泣きそうになりながら体を震わせ、暫し逡巡した後、○○はようやくその言葉を口にした。
「…気持ち、いい…」
支配欲にぞくぞくと肌が粟立ち、俺は薄く笑みを浮かべながら深く深く口付けをした。
窓の外から遠く聞こえる舞踏会の喧騒をぼんやりと感じながら、俺はこの柔らかな体を頭の先から爪先まで余すことなく食らいつくした。万民のものであるこいつを今だけは自分だけのものだと叫ぶように、何度も何度も抱き締めた。
ああ、遠くで0時を告げる鐘の音が響いている。
***
「…アラン、あのね」
まどろみの中で○○の髪を弄んでいると、意を決したように突然顔をこちらに向けた。
「舞踏会の途中、貴族のお嬢様がアランに話しかけたでしょ?」
「貴族のお嬢様?」
言われなければ記憶の片隅にも留まらなかった出来事をいきなり出され、俺は一瞬何のことか分からず必死に記憶をたぐり寄せた。確かに壁にもたれ掛かっている俺に話しかけてきた女はいた。酒は飲まないのかとか、じっとしているのも大変そうですね、とか他愛もない話題を振ってきた女だ。しかし当たり障りのない返事を適当に打っていたらやがて何処かへと消えてしまったため、特に気にも留めていなかった。
「いたな、そんな奴。それが何だよ」
事も無げにそう言うと○○は暫し目を瞬かせ、微笑みながら安心したように目を伏せた。
「私、遠くから偶然見て、焼きもち妬いたの」
でも何とも思ってなかったならいいや、と早々に自己完結し、猫のような仕草で俺の腕の中に甘えて入ってきた。柔らかな髪が胸板をくすぐってこそばゆい。
「だからあいこって訳か」
「うん」
嫉妬は俺の独りよがりではなくて、こいつも同じようなもやもやを抱えていたって訳だ。
「幸せだから、いいの」
眠そうな声で呟いた声が体に響いて心地いい。こんなにも満たされた気持ちになるなんて、こいつと出会ってから本当に自分はどうかしてしまったようだ。いや、どうかしてもいい。もうどうだっていいんだよ。
「お前、どんだけ可愛いんだよ」
そう言い額に口づけを落とすと、○○はふにゃりと幸せそうに笑った。
「眠いね…」
「…眠いな…」
こいつの仕草も表情も心の機微も、全部全部手にしてしまいたい。今日も明日も明後日も、他の誰も知らないこいつの顔を見ていたい。そう思いながら、俺は○○の体をきつく抱きしめて意識を手放した。
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