雄英への入学が決まった時、1番最初に報告したいと思ったのは家族ではなく苗字だった。
中学に入ってから知り合った友達。目立つタイプではないがオタクっぽいわけでもない、何処にでも居そうなヤツ。それがクラスでの苗字名前という男だった。適度な距離感で接してくれる苗字の存在は、なんというか、ちょうどよくて。きっかけなんてものは無く、自然と隣に居る事が多くなっていったように思う。
「瀬呂のサインほしい」
なんでもない昼休み。いつものように一緒に飯を食ってたら、唐突に苗字がそう言った。口元についた米粒が間抜けだ。あえてそれを指摘しないまま「なんだそりゃ」と笑う俺を苗字は不思議そうに見ていた。
「だってお前、ヒーローになるだろ?」
今のうちに貰っておかないとな、家宝にすんだって。
瞳を細めてはにかんだ顔がすごく可愛かった。
なんとも単純すぎて恥ずかしい話だが、これが恋に落ちた瞬間だった。
合格通知書を握りしめて苗字の家に向かう。
少し離れた場所にあるから電車に乗った。高揚する気持ちが抑えられなくて本当はすぐに電話で伝えたかったが我慢する。
苗字はきっとすごく驚いて、そのあと自分の事のように喜んでくれるんだ。またあのはにかんだ顔が見たい。ただそれだけだった。
でも合格通知書を見せた時の苗字の反応は思っていたものと違った。
「そ……そっか……そっか、うん。お、おめでとう」
不細工な顔だ。
無理やり笑顔を作ったぎこちない表情。
なんでそんな顔すんだって、嬉しくねーのかよって苛ついた。
今になって思う。なんて性悪なんだ、俺。
だって酷いだろ、勝手に苗字の反応を期待して勝手に失望してるんだから。でもこの時の俺はそんなことに気付けないくらい頭に血がのぼっていたんだ。
「えっ」
苗字の腕を引いて無理やりキスをした。
一瞬だけ触れた唇の柔らかさにはっとして、すぐに離れる。
「っ……わ、り」
そう言うのが精一杯だった。苗字の顔を見る余裕なんか無くて、俺はそのまま逃げるように走り去った。
合格通知書を置いてきてしまったと気づいたのは家に帰ってからの事だ。間抜けにも程がある。
そんな事があったから当然苗字に避けられるようになって、それが怖くて俺も避けるようになっちまって、ずっと一緒に居たのが嘘のように卒業まで話すことは無かった。
で、今。
なんとなくスマホの画像フォルダを整理してたら中学時代の写真が出てきて甘酸っぱい……というより苦い思い出に浸っている。家族やクラスの奴らより圧倒的に苗字の写真が多くて、どんだけ惚れてたんだ俺、と苦笑い。
いやまあ、過去形じゃねーんだけど。今もばっちり惚れたままなんですけど。
奇跡的に1回だけ撮影に成功した、苗字のはにかんだ笑顔の写真を見つめて溜め息。
かぁーいいなあ、ちくしょう。
「なんです瀬呂さんスマホ見ながらニヤニヤしちゃって! さてはエロ画像だな!?」
いきなり上鳴が後ろから首に腕をまわしてきた。ぐえっと蛙が潰れたような悲鳴をあげる俺に構わずスマホの画面を覗き込んでいる。まずいと思った時にはもう遅く、苗字の写真を見られた後だった。
「…………エッ、男……」
「……友達の写真だよ。中学ん時の」
「へぇ……」
引いただろうか。引いただろうな。俺だって男友達が野郎の写真見つめてニヤついてたらビビる。
しかし、痛い沈黙のあと、上鳴は馬鹿にしたり気まずそうにしたりする事なくいつもの調子でこう言った。
「瀬呂さんの秘密、見ちゃった感じ?」
「……」
面食らった。にやりと笑う上鳴は、上鳴のくせにカッコイイ。有難い気遣いに便乗して俺もいつも通り「俺の秘密は高くつくぜ〜」と冗談めかしに笑う。見られたのがコイツでよかった。
「あはは、安心しろよ、誰にも言わねーから。つーか言ってもなんの得もないし。そんな事よりマック行こうぜマック〜、んで恋バナだ!」
「恋バナねぇ……あ、シェイク新しいの出てるよな」
「マジ? 女子誘ったら来るかな」
「やめとけ。どうせ奢らされて終わりだぜ」
「え〜麗日あたり喜びそうだけどなぁ」
「この前メシ誘おうとして玉砕してたじゃねーか」
中身のない会話をしながら鞄を持って教室を出る。結局写真を整理しないままスマホをズボンのポケットに仕舞った。
整理できるほど過去の想いに出来ていないと、痛感した。
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