駅前のファミレスに入ると店員に奥の団体席へと案内された。
大きなテーブルを囲う、見知った顔ぶれを見て自然と気分が高揚する。
手をあげて挨拶した俺をみんなが笑顔で迎えてくれた。

「来たよヒーロー! おっせーわ!」
「体育祭みたよ瀬呂くん、残念だったね」
「どんまい」
「どーんまい」

予想していたがすぐに始まったドンマイコールを受けて思わず口元がひきつる。近くに居た奴の首に腕を回して思い切り力を込めてやった。

「ぐえええっ! ちょ、勘弁! ごめんて瀬呂〜〜!」
「ははは、聞こえんなぁ」

どっと笑いが起こる。相変わらず心地の良い奴らだ。
そんな感じでじゃれ合いながら目当ての顔を探していると、俺の腕に首を絞められたままの奴が「あ、苗字ならいねーよ」と教えてくれた。

「なんで」
「いや知らねーけど。つーかいい加減離せお前」

確かにあのラインでアイツの反応はなかったけど……そうか、来なかったのか。
予想していた事だが、つきりと胸が痛む。
やっぱ俺のことまだ避けてんのかね。それしかねーわなぁ、アイツこのクラスのこと気に入ってたし意外と皆で騒ぐの好きだし。ううん。
きっついわ。

「瀬呂? どした?」
「――――や、なんでも。腹減ったな〜、早くメシ頼もうぜ」

少しだけ泣きたくなったが無理やり頭を切り替えて席に座った。
みんなで騒いでも、飯を食っても、クラスで人気だった可愛い女の子に「今度遊ぼう」と誘われても、まったくテンションが上がんなくて困った。
取り繕うのはそれなりに疲れるっつーのに。

来る前は最後まで付き合うつもりだったのだが、どうしても気乗りしなかった俺は結局、ファミレスのあとカラオケに行くという誘いを蹴ってしまった。

「ほんとに来ねぇのか?」
「瀬呂くんの歌ききたかったのに!」
「ノリわりーぞこら〜」
「わりーって、このあと用事あんの。いいからさっさとお行き」

店を出て、名残惜しそうにしながらカラオケに向かう元クラスメイト達の背に手を振った。
みんなには悪いけど疲れただけだった。早く帰りたい。
家に帰ろうとして、くるりと身体を反転させた。

「――――瀬呂!」

幻覚だろうか。
人ごみの向こうに、色素の薄い髪が見える。
反射的に身を翻して全速力で駆けだした。

「あ!? ちょっ待っ……瀬呂おおおお!!!」

まだあまり遠くへ行っていなかったクラスの奴らを追い越し、とにかく走る。後ろから追いかけてくる気配を感じてさらに速度をあげた。

「えっ瀬呂くん!?」
「はやっ! つーか苗字!?」
「そんで苗字もはええ……」

みんなの驚く声が聞こえる。
そういえば苗字はサッカー部の中でも足が速く、何時だったか、そこだけは誰にも負けたくないと言っていた。本気で走ってるのに結構距離を詰められてる気がする。
つーか何で逃げてんだ俺は。アホなの?
あんなに会いたいと思ってたのにいざ会うと怖くて顔が見れない。アホだ。
逃げる意味がよく分からなくなってきたがヒーロー志望としては捕まるのも癪で、意地だけで走り続けた。しかし。

「瀬呂、待って……! っ、待って、なぁ、瀬呂っわぎゃ!?」

間抜けな悲鳴と共にべしゃっと倒れる音が聞こえて慌てて立ち止まり後ろを振り向くと、顔から倒れたのか地面に突っ伏す苗字の姿があった。
急いで駆け寄った俺の腕をガシリと掴んだ苗字は、小さな石や砂で汚れた顔をあげてはにかんだ。

「へへ……瀬呂、つかまえた」
「…………お前なあ」

相変わらずドジなやつだ。
予想通り髪色もその笑顔も何もかも変わっていない苗字は、俺の腕を掴んだままゆっくりと立ち上がる。汚れを払ってやると「ありがとう」と笑った。
ああ、くそ。かぁーいいなあ、もう。
思わずじっと見つめていると、苗字は急に顔を引き締めて怒った表情を作った。

「なんで逃げんの。転んじゃったじゃん」

怒っていても迫力がないところもあの頃のままだ。
うまい言い訳が見つからなくて「なんとなく?」とへらっと笑いながら適当に誤魔化した俺の頬を苗字がつねる。

「いひゃい」
「相変わらず良く伸びるもちもちほっぺですこと」

なんだそれかわいい。もちもちとか言う苗字かわいい。やべえな俺、末期か。
久しぶりにまともに苗字と話せて浮かれているらしい俺の脳内は目の前の片想いの相手でいっぱいになっている。
苗字は満足したのか頬から手を離すと、はい、と言いながら白い封筒を差し出した。

「これ……」
「お前のだろ。ずっと返したかったんだけど……遅くなってごめん」

久しぶりに見た雄英の合格通知書。こんなのすっかり忘れてた。まだ持ってたんか。
これを見るとどうしてもあの時の記憶が蘇って恥ずかしい。
俺はさっさと通知書を受け取ってポケットに捻じ込んだ。

苗字は何を思ってこれを俺に返してくれたんだろう。まさかあの時の事を忘れたわけじゃあるまいし、わざわざ届けに来る理由はないはずだ。ファミレスには来なかったのに俺には会いに来てくれたとかそんな都合のいいこと、ない。

会話が途切れ気まずい沈黙が広がるなか、ぐるぐる考え込んでいると不意に苗字が小さく口を開いた。
あのな、と言ってからが続かない。ええと、のあとまた黙り込んでしまう。んん……っと、あ、ううん。その……ごめん。無意味な言葉を繰り返す苗字の顔は赤い。

「――――いーよ、無理しなくて。あんがとな」
「えっ」
「今日、俺お前に会いに来たんだわ。ファミレスに居なかったから空振りだと思ってたんだけど……良かった。じゃーな」

うまく笑えていただろうか。
早口で言いたいことだけ伝えてさっさと去ろうとする俺を、苗字の切羽詰まった声が呼び止めた。

「〜〜〜っ……! だからなんで逃げんだよ!!!」
「!」

思わぬ台詞を聞いて反射的に立ち止まる。
突然の大声に周囲を行きかう人たちが驚いて俺たちを見ていた。苗字はそのことに気付いていないのか泣きそうに歪んだ顔を隠しもせず叫び続ける。

「お前がなんで逃げんのかもちゅーしたのかもわかんねーよ、おれバカだし、お前なんも言わねえし、なんか気まずいし、合格通知書わすれてくお前もバカだし、体育祭、か、かっこよかった、し……」

言いながら徐々に小さくなっていく言葉は脈絡が無くて的を得ないが俺の胸をえぐった。
俯く苗字に近づいてその顔を覗き込む。
ずっと言いたかったこと、いま言わねーとかっこわりいって、思った。

「ごめん」
「キスしてごめん」
「……ずっと、避けててごめんな」

苗字が震える声で「ん」って頷いた。
途方もない安堵感が全身に広がって力が抜ける。柄にもなく緊張していたらしい事をようやく自覚した。

「おれも、ごめん」
「……ファミレス行く?」
「…………うん」

俺の大好きな、はにかんだ笑顔。
それを見ただけで今まで会ってなかった時間とか気まずさとかが全部なくなって、昔の俺らに戻れた気がした。