「えっ、じゃあお前ほんとにコレ渡すためだけに来たの」

俺が驚きながら言うと苗字は気まずそうに「わ、わりーかよ……」と呟いてメロンソーダをストローで吸い上げた。お前まだそれ好きなのな。ガキっぽい。
苗字は高校生になってもサッカーを続けていて、今日も練習があったせいでクラスの集まりに参加できなかった。でも俺に会いたかったから練習が終わったあと急いでここまで駆け付けたらしい。
それ、勘違いしそうになる。ずるいわ苗字さん。これ以上惚れさせて俺をどうする気。

「お前こそカラオケ行かなくていーのかよ。さっきここでご飯食べたんだろ」
「いーのいーの。苗字と2人でいる方が楽しいし」
「……なんか、開き直ってねぇ?」
「気のせい気のせい」

にこにこ笑う俺を苗字が不気味そうに一瞥した。
コイツの言う通りさっき食べたばっかで腹が減ってない俺は何も注文せず水を飲んでいるだけ。一方部活後で空腹らしい苗字はハンバーグドリアを堪能している。傍から見れば不思議な光景かもしれないが、浮かれている今の俺はそんなこと気にならない。
もう一生話せないかもしれないと思っていた片想いの相手と、前みたいに普通に話せてるんだ。浮かれたっていいだろう。
苗字はしばらく食べる事に集中していたが、半分くらいまで食べて少し腹が満たされてきたのかスプーンを置く。中学時代からよく飲んでいたメロンソーダをひと口飲むと「瀬呂は?」と尋ねた。

「んー?」
「俺の話は結構しただろ。瀬呂はどうなの、雄英」
「……んん」

さっき外で言っていた事から察するに先日の体育祭はテレビで観たんだろう。途中まではそれなりに良かったのにあのイケメンチート野郎め。苗字にカッコ悪いとこ見られちまったなーって、今更だけどちょっとへこんでたり。
それに正直……苗字がいなくて物足りないって心のどっかでずっと感じてた。当たり前にあったもんが無くなってぽっかり穴が開いたような。嬉しいとき、悔しいとき、悲しいとき、その日あった事を、湧きあがる気持ちを共有したくて隣を見ると、ああ、いねーんだったって。
でもそんな素振りは見せないで、俺はへらっと笑って「まあまあ?」と答える。すると苗字が不満そうに俺を睨んだ。

「ほんとかよ」
「なんでここで嘘つくのよ」
「……………………俺は、寂しかった」
「ごほっ」

水を飲んでいる時に思わせぶりな発言を受けたから咳込んでしまった。
「きたねーな」と言い捨て呆れた表情で見る苗字はなかなか酷い奴だと思う。
今のはお前が悪いよ。
ちょっとむかついたから身を乗り出して真向かいに座る苗字に顔を寄せた。頬に手ぇ添えただけでビクビクしてんのに、そういうコト、言うなよ。

「寂しかったって言って欲しいの?」
「っ……」
「お前さ……俺にキスされたの、ちゃんとわかってる?」

ここまできて無かった事にしてやるほど俺は優しくない。
キスされて一度は避けて、でもこうやって関係を修復しに来てくれたってことは少しくらい望みあるんだろ?
気持ちが知りたくてじっと見つめた瞳がうろうろと彷徨っている。

「わ……わ、わかん、ない」
「はあ?」

思わず素っ頓狂な声をあげた俺に、苗字はぎゅっと目を瞑りながら言い募った。

「き……す、されても俺はお前が好きだし、嫌じゃなかった……けど、そういう関係になりてぇのかって聞かれるとわかんない、悩んでも全然答えでねえんだよ。でもお前がいないのはなんかちげーの! っ、だから来た、だけ……」
「……は……は、はは……んだそれ。すげー自分勝手……」

苗字の気持ちは笑っちまうくらい自分勝手だった。それって俺の気持ちに応える気はないけど拒否もしないってことで、つまり生殺しじゃねーか。
そういう風に相手のこと考えないで真っ直ぐ気持ちをぶつけてくるとこ、昔っから少しも変わってねえ。お前の悪いところ。で、その悪いところも含めてどうしようもなく好きな俺も変わってない。

キスしても好きでいてくれるのか。ずっと1人で悩んでたんか。
――――俺がいなくて寂しいって、思ってくれたんだな。
正直、嬉しくて堪らなかった。

「いいよ今はそれで。なんかもー、片想い慣れたし」
「う゛えっかたおも、えっ!?」

何を今さら驚いてんだか。
戸惑う苗字の頬に手を添えたまま、更に顔を近づける。真っ赤に染まった頬に軽く口付けた後すぐに離れて腰を下ろした。
苗字は言葉も出ない様子だったがその表情だけで言いたい事がひしひしと伝わってくる。信じられない、とか、ここどこだと思ってんだ馬鹿、とか、大体そんな感じだろう。
今まで散々振り回されてきた仕返しだ。俺はにっと笑って宣戦布告してやった。

「言っとくけど、俺、友達に戻る気ねーから」

心臓がうるさい。結局振られたらどうすんだよって不安はある。
でもそれ以上にお前とどうにかなりたい気持ちが強いから、もうしばらく片想い、頑張れそうだ。


end...?