舞い上がる砂埃と爆風のなか、燃えるような瞳で彼が私を睨んでいる。
この世にふたりきりであるかのような空間。

「っは、魅了だか何だか知らねーけどなァ、何が相手でも負ける気はねえよ」
「……っ」

ごくりと息をのむ。
なんて真っ直ぐで純粋な闘志だろうと思った。

「残念だったな、センパイ?」

こちらに向かって手をかざし、敵である私を爆破する直前。
終了の合図である笛の音が鳴り響いて彼が手を降ろした。

(ああ、ほんとうに残念だわ。爆破されてみたかった――なんて。完敗じゃない)



△▼△▼△▼△▼



「あっ、いたいた。勝己くんっ!」

休み時間。
雄英高校1年A組に珍しい来客があった。
彼女を知らないものは、少なくともこのクラスにはいない。
そんな彼女が呼んだ名前に反応し、教室内は一気に騒がしくなる。

「あのひと、さっきの授業で爆豪くんとあたった……」
「メロメロおねーさまジャン!」

麗日と芦戸が興味津々といった風に彼女を見つめた。

先ほど行われたヒーロー基礎学の授業。
今回は3年生を敵役にした1対1の戦闘訓練だった。組み合わせは教師達により生徒の特徴や相性を考慮して決められたらしく、みな苦戦したしそれぞれ課題を見つける事ができた。
今話題の中心になっている彼女――苗字名前は、爆豪の対戦相手だった3年生だ。美人な上にスタイル抜群ということで、1−Aの男子たちは特によく記憶していた。

「爆豪!?いつのまにあのお姉さまとお近づきに!!」
「知らねえし一切近づいてねえよ死ね」
「でもお前の名前呼んでんぞ?超笑顔で手ぇふってる」
「羨ましいなこんちくしょう……お姉さまの用事なんだったか後で教えろよ、詳しくな。詳しく!」

切島と上鳴から暗に「早く行け」と言われた爆豪は舌打ちをこぼした。
彼女とお近づきになったつもりなど微塵もない。予想以上に強敵だったからこちらも本気で闘い、何とか勝利した。女だからと手加減はせず爆破で何度も吹き飛ばした。憎み、疎まれる事に思い当たる節はあるが、馴れ馴れしく笑顔で名前を呼ばれる事には違和感しかなかった。

「勝己くーん?来ないなら私から行っちゃうよ?」
「うるせぇ名前で呼ぶなビッチ」
「あ、来た。うふふ、来てくれてありがと」

爆豪の考えとは裏腹に、ビッチ呼ばわりを気にした風もない苗字は本当に嬉しそうに頬を赤らめてニコニコ笑っている。その額には大きなガーゼが貼られていて、足には包帯が巻かれていた。

「……で?」
「え?」

話を促したのに首を傾げられ、爆豪は「てめえが呼んだんだろうが!!」と怒鳴りつけた。それに対し「あっそうだったぁ」と何とものん気な声をあげる苗字。
ちくはぐな組み合わせだ。爆豪をよく知る緑谷なんかはいつ彼が本気でキレないかハラハラしながら2人の様子をこっそり見守っている。
爆豪の苛立ちには気付いているだろうに、苗字は飄々とした調子で制服のポケットからスマホを取り出すと、上下に振って見せた。こてんと小首を傾げ、さりげなく上目遣いで。

「あのね、ふるふるしよ?」
「帰れ」

ふるふる。つまりラインでお友達になりましょうというお誘いだ。
瞬時に意図を理解した爆豪は即座に断ると教室の扉を思い切り閉めようとした。しかし思いもよらぬ反応速度で苗字が足を挟み込み、阻止されてしまう。

「え〜〜おねがい勝己くんっ。かわいいスタンプ、プレゼントしてあげるからぁ〜!」
「うるせぇいらねぇ足どけろ!!」

爆豪が両手で扉を閉めようと力を込めているにも関わらず、扉はガタガタと音をたてるばかりで一向に閉まる気配がない。細腕から想像もできないほどの怪力だ。
しばらく不毛なやり取りを続けていると、小さく「くすん」と鼻を鳴らす音が爆豪の耳に届いた。

「かなしい……勝己くん、そんなに私とお友達になるの、イヤ……?」
「……」

うるうると潤み、悲しげに伏せられた瞳。普通の男なら何でも言う事を聞いてしまいそうになる破壊力だ。だが爆豪勝己は普通ではなかった。
ぱっと両手を離して身を翻し、彼女を無視して自分の席へと戻りだしたのだ。
いきなり抗う力が無くなったため勢いよく扉が開き、苗字は転びそうになった。
普通は心が折れるところだが、彼女もまた普通ではなかった。

「勝己くん……!中に入ってもいいってコトね?うれしいっ!」
「んなわきゃねーだろポジティブか!!!!早く帰れてめえ!!!!」

無視を決め込んだ爆豪だが、思わず反応してしまった。
怒鳴られ、また嬉しそうに頬を赤らめながらニコニコ笑う苗字。
いつになったらこの堂々巡りのやり取りは終わるのだろう。もう諦めてラインくらい交換してやれよ、と1−Aの面々は思った。そこへ。

「ああ?苗字、なんでここに居るんだ。爆豪もさっさと席に着け」

担任の相澤が登場し、2人を睨む。授業開始の時間だ。
さすがに苗字も帰るだろう――と爆豪は思ったのだが、彼女は満面の笑みを浮かべると相澤の腕に抱き付いた。

「きゃー!先生!またお会いできてトキメキです〜!」
「お前教室帰れ……俺が説教くらうだろ」
「うふふ。だいすきな先生の頼みでも、それは聞けません。だってわたし、爆豪くんに恋しちゃったんですもの!」

赤く染まった頬を両手で包みながら放たれた爆弾発言に、教室中が色めきだった。

「ええええ〜〜〜!?爆豪くんに!?先輩が!?」
「こ、恋……」
「マジかあの先輩、趣味悪……っと、やべ」

特に女子はさらに興味深そうに苗字へと視線を向けている。
芦戸と八百万は突如として身近に出現した恋バナにときめき、耳郎はつい心の声が出てしまった。下水煮込みな性格の爆豪に恋する女子が現れるとは驚きである。

「おいおいおいおい爆豪お前マジでどんなテク使ったのよ!教えて!上鳴さんにだけこっそり教えて!」
「リア充爆発しろ…………」
「それ爆豪相手だとガチで洒落になんねえからな?」

上鳴、峰田、切島に囲まれた爆豪は文字通り今にも爆発しそうだった。
――なんでこんな事になってんだ。それもこれも全部あの女のせいだ……ぶっ殺す。
ゆらり、両手を構えようとした爆豪にいち早く気付いた切島が咄嗟に彼を制止する。

「待て待て待て教室でソレはまずいって!」
「そうだぞ爆豪、ガキみてえな真似は止めろっつったろ。苗字はいい加減にしろ」

相澤に少し本気で叱られ、苗字は素直に「はぁ〜い」と返事をした。しかしただでは帰らないのが彼女である。
相澤の脇をするりと抜け、あっという間に爆豪に接近した。
あまりの身のこなしの速さに皆が彼女を目で追う事しかできない。

「勝己くん、またね」

そう囁くと彼女は爆豪のネクタイを引き、その頬に軽く口づけた。
ご丁寧に、わざとらしくリップ音まで残して。

「――――っ!!」

ブン、と拳を振るうがひらりとかわされ、気付けば彼女は教室の出入り口に立っていた。

「うふふっ、お邪魔しました〜!」

まさに嵐。
優しく扉を閉め、軽やかに去っていく彼女を1−Aの面々はただ見送ることしかできなかった。
この後の教室の空気をどうしてくれよう。

「……まあ、あれだ。爆豪、うちは校内恋愛は禁止されてねえ。好きにしろ」

相澤のこの一言で爆豪の、無いと思われがちだが実はあるようで無いようで少しはある気がしないでもない堪忍袋の緒が切れた。

「死ねクソビッチ!!!!!!!」

イレイザーヘッドによって爆発は阻止され、教室の安全は守られた。