※一部いかがわしい表現あり。切島がへたれ。

深夜。
照明を落とした室内で切島はゴクリと喉を鳴らした。

『ケイタ……2人きり、だな』

小さいテレビ画面に映る夕日に照らされた教室で、学ランに身を包んだ男子高校生が向かい合っている。

『っ……なあ、やっぱりやめよう。こんなの、変だ』
『なに言ってんだ。今更とめらんねえよ』

背の高い黒髪の男子の表情が鮮明に映った次の瞬間、彼は自分より少し低い位置にある相手の唇へと顔を寄せ――――

「だああああッ!!!」

暗転。
切島による全力のリモコン操作のせいでキスシーンはあえなく強制終了となった。
彼が観ていたのは男子高校生の同性愛を描いた映画である。
物語は中盤に差し掛かり、ようやく2人に進展が――!というところで切島が耐えられなくなり、テレビの電源を落としてしまった。

(こんなもん観れるかーー!!なんだとめらんねえって!?お前は野獣か!?校内での不純同性交遊ハンターイ!ケイタももっと本気で抵抗しろよ!実は嫌じゃねえんだろそうなんだろ知ってんだかんな俺は!)

自分で借りてきたDVDなのだが、それはそれ。
切島は混乱する脳内で訳のわからない叫びをあげながら、真っ赤な顔で手元のクッションに怒りという名の拳をぶつけた。
彼に映画を観る習慣はほとんどない。特に恋愛映画には興味が無く、まして男同士の恋愛モノなんて観たことがないどころか、存在している事を考えたことすら無かった。
暇を持て余し、気まぐれで立ち寄ったレンタルDVD店でたまたま目についた映画。
【初々しい男子高校生が繰り広げる、禁断の愛――】という煽り文にぎくりとした。最近よく話すようになったクラスメイトの顔がちらついて、気が付いたら手に取っていたのだ。

「はあ……なにやってんだ、俺」

ばふっと音をたて、力なくベッドに身を預ける。
最近……そう、クラスメイトの苗字と仲良くなってから調子が狂いっぱなしだ。自分でもらしくないと自覚している。情けなくてもう一度深い溜め息を吐いた。
すると扉を控えめにノックする音が耳に入る。現在深夜22時をすぎたところ。こんな時間に誰かが訪ねて来る事はとても珍しい。すぐに体を起こし扉を開けると、そこには見慣れた隣人の姿があった。

「こんばんは、切島」
「う、お、苗字……こ、こんばんは……」

心臓が冷えるような、それなのに体中の血液が沸騰するような、矛盾した感覚が切島の全身を駆け巡る。今まさに頭に浮かべていた人物の来訪に動揺し、切島は急に汗をかき始めた手のひらをズボンに擦り付けた。

「ど、うしたんだ?なんかあったか?」
「うん。さっきなんか叫んでなかった?心配になって、見に来ちゃった」

言葉通り心配そうな表情で、上目遣い気味にこちらを見る姿に切島の手汗はさらに大変な事になった。

(かわいい……じゃねえ!かわいいってなんだ、相手は男、クラスメイト、一緒につるんでる大事なダチ!!)

邪念を断ち切るようにぶんぶんと頭を横に振る。そんな切島を見て苗字はさらに心配そうな表情になった。眉が八の字に下がっていて心なしか瞳が不安げに揺れている。切島は彼のまわりだけキラキラと輝いて見えた。

「うっ……」
「切島?ほんとに大丈夫?具合悪い?」
「だ、大丈夫だ、元気だから心配すんな。騒いで悪かったな。その、映画みてて、つい――」

映画。
自身が発したワードをきっかけに、先ほどのキスシーンが頭をよぎって言葉に詰まる。
そんな切島の様子に気付いているのかいないのか、苗字は瞳を輝かせながら半ば強引に室内に入り込んだ。

「おおおおい苗字!?何ナチュラルに入ってんだよ!」
「え、ダメだった?俺も一緒にみたい。映画」

「さてはホラーなんでしょ!」なんて言いながら悪戯に笑う苗字に思わずキュンとする切島。そしてはっと気付いた。死んでもあの映画を彼と一緒にみるわけにはいかないと。

「あ、あー……その映画な、マジくそつまんなかったから止めた方がいいぜ」
「?そうなの?あんなに叫んでたのに」
「うぐっ。あ、あんまりつまんねーからムカついてな!ついクッション殴っちまったぜ。はははは」

苦しい。実に苦しい言い訳である。
切島の下手な嘘に騙されるわけもなく、苗字は「ふーん。爆豪みたいなことするね……?」と呟きながら怪しむような視線を切島に向けている。
何か策は無いかと必死に考える切島の目に、テレビ台の下に収納されているゲーム機がうつった。

「そ、それよりゲームしようぜ!つまんねー映画みるよりずっといいって。なっ!」
「……わかった。マ〇カやろ!まけないよー!」

楽しそうに笑いながらさっそくハンドル型のコントローラーを手に取る苗字を見て、切島はようやくほっと肩の力を抜いた。
――よかった。あとはDVDプレイヤーの電源を落としてしまえばあれがバレることはない。
そう思ってプレイヤーのリモコンへと手を伸ばした。

『ぁ、や、んんぅ!だめ、ぇ、あっ、あ、んあっ』
『ケイタ、ケイタ……!っく……!』

「…………」
「…………」

喘ぎ声と共に、2人の間に沈黙が流れた。
切島はさっと血の気が引いて一気に体温が下がった気がした。
そういえばさっきはテレビの電源を落としただけで、DVDを再生したままになっていた。
映画は中盤から終盤へと差し掛かっているのか、登場人物である男子高校生たちがあられもない姿で互いを求めあっている。いわゆる濡れ場だ。
なんで、と思い苗字を見た。ゲームの準備のためにテレビの電源をつけたのだろう。その手にはテレビのリモコンが握られている。

「あああああああああ苗字!?苗字!!!苗字!?」

無意味に名前を連呼してしまった。切島は目にもとまらぬ速さでDVDプレイヤーの電源を落としてから、苗字の肩をつかみ必死に弁解する。
違うんだ、こんなエロいシーンがあるなんて知らなくて、いやつーかこれ俺が借りたくて借りたんじゃ、いや借りたんだけど、とにかくそういうアレじゃねえっつーかええっと違くてな苗字、

「ごめんなさい……」

最終的に謝罪で落ち着いてしまった。もう何がなんだか切島もよくわかっていない。
しかしハッキリと分かっていることがあった。
苗字にドン引きされた、嫌われた――と。
そう思うと心臓が鷲掴みされたように苦しくなり、無性に泣きたくなる。怖くて苗字の顔を見たくない。それでも、これ以上情けない姿は見せられないと、切島は顔をあげて苗字を真っすぐに見据えた。

「あ、」
「っ……!?」

しかし切島の目に飛び込んできたのは予想とは違い、蔑みでも怒りでも恐怖でもない、羞恥で顔を真っ赤に染め上げ、涙目でこちらを見つめる苗字の顔だった。

「み、み、みないで。う、き、きり、しま、なに、もう、うう」
「え、あ、いや」
「う……ううう〜……きりしまの、えっち……」

きりしまに50000000のダメージ!
何やら幻聴が聞こえた気がした。それくらいの衝撃を受けた。なんだ今のは。かわいいしえっちだ。切島から言わせれば苗字の方がえっちだ。
これ以上ないほど赤く染まった顔で固まる切島。思わず少しだけ硬化してしまった。ついでに切島のきりしまも少しばかり硬化しているが苗字は気づいていない。

「苗字、ひ、ひいてねえの……?」
「……ひいたよ。だめだよ、あんなの観ちゃ」
「お、おう。だよな。すまん」
「うん……だめ、だよ」

そう言いながら潤んだ瞳でこちらを見上げる苗字。こいつは本当に自分と同じ男なのだろうか。切島は魔法でもかけられたかのように苗字から目が離せなくなっていた。彼はどこからどう見ても男なのだが、やたらとキラキラ輝いて見えて、可愛くて仕方がない。
――もう、こっちを見ないでほしかった。何かを期待してしまいそうになる。苗字も期待してるんじゃないかって思って、しまう。

「だめだよ」

言葉とは裏腹に、震える手が切島の服の裾を引いた。
暗転。