※超絶根暗ビビリひねくれ男主視点



「苗字にお客さんだよ。まったく何で僕がこんな事しなきゃならないのかなあ?しかも寄りによってアイツだよ、最近なんなの一体、ねえ、君もしかしてA組のスパイかなんか?どういう経緯でアイツと仲良くなったのか是非詳しく教えて欲しいね……まただんまりか。なんとか言ったらどうなんだよ、おい」

物間に詰め寄られて顔を俯かせる。
俺だって知らねーよ、と思ったが口にはしなかった。そんな度胸はないし面倒ごとは御免だ。

「……面白みのないやつ」

何を言っても反応がない俺に飽きたのか、物間は嫌味なほど大きな溜め息をついて自分の席に戻って行く。
そのことに安堵しつつ、恐る恐る教室の出入り口に視線を向けると不本意だが見慣れてしまった姿が目に入った。すぐに来ない俺に苛ついているのだろう、アイツはこちらをギロリと睨み付けて殺気を放っている。行かないともっと面倒な事になると学習しているから渋々席を立ち、出入り口に向かった。

「おっせーんだよ秒で来いやウスノロ!!!」
「ご、ごめん……」

大声で怒鳴られ、思ってもない口だけの謝罪をすると更に睨まれた。理不尽だが予想通りの反応だから驚かない。そして次の台詞も知っている。

「メシ」

それだけ言うとコイツはくるりと俺に背を向けて歩き出す。行き先は食堂。拒否する間も与えられないから(仮に与えられたとしてもそんなこと恐ろしくて出来ないんだけど)仕方なく、本当に仕方なく後を追った。
遅いと怒鳴られるからいつもより早足で廊下を進む。

俺の前を歩く、この理不尽極まりない鬼のような男の名は爆豪勝己。
入学したばかりの頃から悪い意味で有名な彼が俺は苦手だ。粗野でプライドが高く天才的に能力が高い。幸いにして俺はB組でコイツはA組。ついこの間まで関わりなんて一切なかった。それなのにこんな事になっているのは何故かなんて、俺にも分からない。はっきりしているのは初めてA組B組合同で行った実践訓練がきっかけだという事だけ。あの日以来、やけに絡んでくるコイツがこうして昼食を誘いに来るのは最早習慣となっている。初めは驚いたし今だって怖くて怖くて近寄りたくもないのだが、逃げると爆破されるから爆豪の言動に従う他、俺に選択肢はない。

「カツ丼」

食堂につくとすぐに迷わず注文する爆豪。睨まれる前に、俺は慌ててメニュー表を見て悩むフリをした。
本当はあまり食べたくない。普段はカロリーメルトとかゼリーとかで食事を済ませてるし食堂は人が多いから苦手だ。食欲なんて湧くはずがない。だけど頼まないと隣の鬼が何故か怒るから、取り合えず何とか食べれそうな物を選んだ。おずおずと口を開く。

「え、と……と、豆腐の味噌汁……ください」
「チッ!!!」

盛大な舌打ちをされてビクッと肩が震えた。怯えながら隣を見れば、爆豪が般若のような形相で俺を見ていた。もっと食えやクソガリ野郎と言われた気がして反射的に「シーチキンおにぎりも追加で!!」と叫ぶと、ランチラッシュの威勢の良い返事が聞こえた。爆豪がフンッと鼻を鳴らしてようやく俺から顔を背ける。
ああ、午後は実践訓練があるのに。絶対吐く。
溜め息をつきたくなる衝動を抑えてランチラッシュから味噌汁とおにぎりを受け取り、既に近くの席についている爆豪の真向かいに座った。

「……く、食っていい?」
「あ゛?」
「ナンデモナイデス、イタダキマス」

うざったそうな目線に気付き、慌てて手を合わせたあと勢い良くおにぎりにかぶりついた。多分とても美味しいものなんだろうが、味なんて分からないし何より食欲がない俺にとっては辛いだけだ。無理やり胃に押し込む作業を繰り返しているうちに、急ぎすぎたせいで米の塊が喉に詰まった。拷問かよ。
声にならない悲鳴をあげながら何とか飲み込もうと胸を叩いていると、目の前に水が入ったコップが乱暴に置かれた。

「アホかテメェ、飲め!」

少し焦った顔をしている爆豪に驚いて、コップに伸ばそうとした手を引っ込める。
もらっていいのか。また怒鳴られるんじゃないか。何か魂胆が、ああでも苦しい、死ぬ。
ぐるぐると無駄に考え込む俺に痺れを切らしたらしたのか、爆豪はコップを持つと俺の口に無理やり押し付けてきた。逃げたくても後頭部を掴まれている。傾けられたコップから落ちてくる水に逆らえず、少しだけ口を開く。

「ごふっ、ン゛ッ、ぅ゛う、ん、ん、んぶ……っ!」
「っ……」

苦しくて堪らなくて生理的な涙が浮かんだ。必死に水と米を飲み込もうとする俺を見て爆豪がゴクリと喉を鳴らす。食い入るように見つめてくる瞳に恐怖を感じるのと同時に酷く羞恥心を掻き立てられ、ぎゅっとキツく目を閉じた。
何とかコップの中の水を全て飲み終わった頃には米の塊も胃に落ちていて、はあはあと荒い息を繰り返す。口の端から水だか涎だか判断がつかない液体が伝い落ちた。
酷い目にあったが、爆豪がいなかったらもっと大変な事になっていただろう。

「ば、ば、くごう……っ、わるい。その……あ、ああ、あ、……あり、がと、」
「……!!!!」

慣れない台詞。しかも相手はあの爆豪。震える唇で何とかお礼を告げると、爆豪はカッと目を見開いた。首まで真っ赤に染まった姿を見てポカンと口を開けてしまう。
なんでお前が照れてるの。ていうか爆豪って照れるのか。
呆然とする俺に気付いたのか、爆豪はハッとしたかと思うと一歩、後退った。ガタァン!と大きな音をたてて椅子が倒れる。

「き、ききき、き、気を付けやがれクソザコ根暗ガリ男がァ!!!!おにぎりなんぞに殺されかけてんじゃねーぞゴルァふざけんな!!!!!!!」

こちらを指差しドスのきいた声で怒鳴っているが顔がめちゃくちゃ赤いせいで怖くない。
つられて俺まで照れてきて、かぁ〜っと顔面に熱が集中していくのが分かる。
なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ!!!
あわあわと無駄に手を動かしながら「わるかった、気を付ける、おにぎりもう食わない」と謎の発言をする俺に爆豪は「そうしろ!!!」と叫ぶように返事した。意味が分からない。

「とと、とり、とりあえず、あれだ、爆豪、座ったらどうだ」
「い、いい、言われなくても座るわタコ」

倒れた椅子を起こす爆豪の手は震えている。居た堪れない。
しばらく無言が続いて、俺はすっかり冷めてしまった味噌汁を飲む事でこのむず痒い空気を誤魔化した。爆豪は既にカツ丼を平らげていて、不自然に厨房の方を見たり、俺を時々チラ見したりしている。
なんだろう。何か言いたいことでもあるのか。
いい加減無言に耐えられなくなってきた俺は恐る恐る飲みかけの味噌汁を差し出した。

「い、いる……?」
「!?」

また見開かれる爆豪の目。ビクビクしながらも味噌汁を差し出す手をそのままにしていると、爆豪の指がお椀を持つ俺の指先に軽く触れた。あ、と思った次の瞬間、お椀をひったくられて味噌汁が爆豪の口の中へと一気に流し込まれる。
その光景を見てある事に気付いた俺は、ほぼ無意識のうちに呟いていた。

「間接キス……」
「ブフォッ」
「うわ!!」

味噌汁に入っていた豆腐の欠片とワカメが飛んできた。避けきれず顔面でキャッチしてしまったがそんな事を気にしている場合ではない。むせてしまったらしい爆豪が苦しそうに咳込んでいる。さっき助けられたんだから今度は俺がやらなきゃ。
慌てて爆豪の隣に移動して背中をさするとますます咳が酷くなり、涙目で睨まれて焦る。

「ご、ごご、ごめ、ぁの、俺、なにすれば、いいっ?」
「ッハ、けほっけほっ……ハァ、そのまま、」
「っ?」

背中をさすっていた方の手首をガシリと掴まれた。

「そのまま……」

手首から手のひらへ、手のひらから指先へ。
ゆっくり動く爆豪の指はやがて俺の指と指の間に侵入し、ぎゅっと握り込んできた。
いわゆる恋人繋ぎをしていると気づいてギクリとしたのに全く拒否する気が起こらず戸惑う。
こんな人の多い場所で手を繋ぐなんて。周りの目が怖い。変化しつつある不可思議な感情も爆豪も怖いのに熱い体温が手離せなくて、しばらく黙ったまま爆豪の手を受け入れていた。

「…………もう、いい」

どれくらいの間そうしていただろう。
不意にぱっと離された手を思わず掴みそうになったが寸でのところで留まる。あの、と声をかけようとして止めた。
こちらに背を向けている爆豪の耳が赤い。
最近俺をずっと悩ませてきた彼の意味不明な行動の理由がようやく見えてきて、トクトクと小さく心臓が高鳴る。

「戻る」

すっかり慣れてしまった短い言葉。
その意味が分かる俺は彼の意思に従い、いつものように後を追った。
確かな予感がすぐそこまで近づいている。