季節は、夏から秋への変わり目。日差しが落ちれば、肌寒さを感じるような気候だった。そんな日差しがまだ暖かい、麗らかな午後だった。
「き、今日は護衛、もういい…のですか?」
「ああ」
授業後にノクティスからなまえへ、唐突に、そう告げられた。
なまえは、ノクティス王子の護衛だ。とは言っても、護衛範囲は学校生活のみで、四六時中彼にくっついているわけではなく、正式な城の人間でもない。
彼女は王子である身分を隠さず高校に通うノクティスが心配な王家、その関係者が目をつけて護衛を依頼した、インソムニア武術大会の優勝者で、一般人の女性だった。
護衛としてなら、なまえより優秀な人物は山といる状況ではあったが、屈強な男達がクラスの背後に立ったり、校内で密着していては、王子の学校生活をどうしても阻害してしまう。そこで目をつけたのが、武術大会で優秀を納め、元々、王のため鍛えましたと優勝インタビューで宣言したなまえだった。
同い年の彼女であれば、クラスの中にいても、学校生活を送っていても、周囲から浮きすぎることもない。おまけに悪い虫がつきそうなときは、ストッパーとしても使えそうだ。そう考えた大人達に、利用されていた。しかし、彼女も王子の側にいれるなら、大人も利用してやる、といった関係だった。
「ってか、お前そろそろ敬語やめたらどう」
「あ〜いや、それはこの…慣れないっていうか癖といいますか…」
王子の護衛を言い付けられて早5ヶ月、ノクティス王子と話すようになって3ヶ月。なまえの敬語は全く抜ける気配もなかった。何故かと問うと、どうしても緊張してしまうのだとなまえ本人は話した。
また敬語に戻ってるし、と内心ノクティスはため息をつきながら、進歩しない関係にイライラしていた。しかし、その憂鬱が、せっかく友人として話し合える相手が増えたというのに。という気持ちから来ていることを、ノクティスは理解していなかった。苛立っている様子が伝わってきたが、理由を聞かずに、はいそうですか、とノクティスから目を離すわけにはいかない。おそるおそる、理由を尋ねた。
「それにしても、どうしていきなり…」
「今日は、俺の側近のイグニスが午後から学校に来ててさ」
「ああ、イグニスさん…」
あの怖い目で、よく私を見ている人だ、となまえは思い出す。廊下ですれ違ったあとも、背中に観察されるような視線を感じ、もういっそ目を合わせようとばっと振り向くと、背中を向け歩き去っている、隙もない人。
「そのまま今日は城に帰るんだとよ。親父が会いたがってるらしいしな」
「そう、ですか」
「………ま、なまえもずっと気を張ってないで、たまにはリフレッシュしてきたら」
「…はい」
それにしても、今日1日午後は自由だと言われても、何をしようか、となまえは考えてしまうのだった。
ノクティスが「じゃ、イグニスが待ってるから」と去ったあとも、しばらくの間その場で悩んでいたが、これを期に、もう少しだけ学校のことを知っておいてもいいかもしれない。という案が浮かんだ。抜け道の通路とか、狙撃しやすそうな箇所がないか、もう一度ゆっくり校内を見て回り、チェックするのだ。そうしながら、授業後の生活を楽しんでみることにした。
校内の地図はバッチリ把握しているので、端から校舎を歩いていく。その途中で図書室にでもいって本を探してみたり、部活の様子をフェンスの向こうからぼんやり眺めたりと過ごした。
しかし、今一ぴんとこなかった。唯一雑談の出来るプロンプトは、確か別れる前に、先生に手伝いを頼まれていると話あったきり、何処へ行ったか見当たらない。正直に言えば、今なまえは暇をもて余している状態だった。ノクティス王子の言うとおり、リフレッシュ出来ることをなにか探そうかな、と思いながら一人でぶらついていると、ふと、中庭の入り口に来ていた。
そこは、部活動で賑わう校庭とは違い、人の気配が少しもない。ただ、丁寧に植えられた木々が爽やかに揺らめき、唯一日が照っている花壇の花は穏やかに咲いていた。基本的に大部分が陰っているせいか、少しだけひんやりとした空気を纏っていた。
そんな、誰にも邪魔されない、少しだけ神秘的な空気感に惹かれて、なまえは中庭に足を踏み入れた。
やはりここだけは空気が違う。すうっと透き通っているし、静かで落ち着いた。そう思ったときに、王子の言っていた、リフレッシュという言葉を再び思い出したのだった。ベンチに腰かけて生い茂る木々をぼんやりと眺めてみる。葉の隙間からちらちらと光が射し込む様子はとても幻想的だった。
そんな風にしばらくぼーっとしていたら…なんだか、眠たくなってきてしまった。あくびをひとつしながら、そういえば、土日も一昨年も昨日も学校終わりに城の稽古場に寄ってから帰宅したので大分疲れた感覚はあることに気がついた。
少しだけ、少しだけこのまま休んでしまいたい。頭を下げ、まどろんでいく目が、握った手をぼうっと見つめた。その手に木漏れ日が美しくちらついていた。
ここは、綺麗だな…。そう最後に考えて、なまえは目をとじた。
そこでなまえは夢を見た。猫だ。向こうに、猫がいる。
その猫は真っ白な空間の先に、ようやく猫だとわかるくらいの距離でぽつんと存在していた。なまえはその猫目掛けて走り出していた。理由は、遠かったから追いつきたかったのと、その誰も寄り付かせたがらない雰囲気に、何故か惹かれてしまったから、だった。
「なあ、イグニス。今日はなんで学校まで来たんだよ」
「ああ、お前の進路の話とか、勉学のカリキュラムの話をしに、な」
「………イヤな話…」
はあ、とノクティスは長く溜め息を出す。そんなこと、話したって未来は特に変わらないのに、そんなことを内心でノクティスは思いながら、真面目な側近と校長室を目指して歩いていた。
「イヤな話、とはなんだ。将来の大切な話だろう、ノクト」
「はいはいはい」
そんな風におざなりに答えるノクティスにイグニスは何が言いかけたが、彼はそれを小さなため息に変えただけだった。それから校長室に辿り着くまで、お互いに無言で歩き続けた。どことなく、気まずい空気だった。ようやく、イグニスが「着いたぞ」と短く言葉を発しながら扉をノックし、二人でその中に入っていった。
数分後。
「…っはー、あんな話付き合ってらんねー…」
ノクティスはトイレに行きたい、等と適当なことを話して、一人抜け出してきた。
将来とか、どうでもいい。俺は親父の後を継いで王となり、自身を犠牲にしながら王都を、国の民を守らなければならない。
それが、彼の尊敬する父親の偉大な姿であり、また自身の使命であることを、ノクティスも理解していた。しかし、人間であるならば、そこに気持ちは必ず発生する。そんな厳しい現実のことばかり考えたくはない、というのが、今のノクティスの、正直な本音だった。ーーーそこから逃げられないことだって、きっと誰より理解している。だからこそ、だった。
そんなことをぐるぐると考えながら校内を歩き回っていたときだった。
「………あれ」
中庭を校舎の2階から見下ろすと、見知った人物がベンチで居眠りをしていた。…珍しい、一人にするとああいう行動にでるのか、アイツ。
「ふーん」
そう思いながら、ノクティスは胸ポケットからシャープペンシルを取り出す。人が見ていないか視線を走らせて確認してから、あの辺りか、と視線で狙いをつける。狙った箇所へ、ペンを放り投げた。そこへシフトで瞬間移動し、シャープペンシルをぱしっと手に納めて綺麗にシフトを決めた。
なんでもないようにやっているが、これも魔力との適正が高いノクティスだからこそ、平気でやってのける所業だった。
着地してから、また胸ポケットにペンをしまい、起こしてしまわないように気を付けながら、無防備に眠りこけている人物に近寄る。
「だらしねえ、顔」
その表情は睡眠中らしく、ゆるんでいた。
平常、ノクティスの前にいるときは、いつも緊張している顔をして、気配だって鋭い。最初、王城の決定とは言え、あんなピリピリした奴に付きまとわれて非常に迷惑だと思った。しかし、自分の身を真剣に案じてくれているということはすぐにわかった。
ノクティス目掛けて飛んできたボール。それ以上に鋭い速さで飛んできた木の枝が、その方向を変えたり、年上の生徒、所謂先輩から、王子様だかなんだか知らねえが調子に乗るなと訳のわからないいちゃもんをつけられた時だって、思わず自身が拳を出す前に、その先輩の身体は宙に浮いていた。その向こう側にいたなまえの表情はとても冷静で、落ちてきた巨体をそのまま一瞬にして締め上げてしまった。
それが、この中庭のベンチですやすやと居眠りしているなまえだ。今の姿は、完全に年相応の女の子だった。
ノクトは自身でも気がついていなかったが、ふ、とその口元は綻んでいた。隣に腰かけて興味深く、その顔をしげしげと眺めていたそのときだった。
突然、ぐい、となまえの腕が首に回される。驚いて少し腕に力を込めて抵抗するがびくともしない。なんでこんなに力があるんだ、と焦っていたのもつかの間、ノクティスの頭は、有無を言わさない力で、なまえのふとももに押し付けられた。そしてすぐに思い出す。こいつは自分の護衛なのだと。
スカート越しに伝わる柔らかさに己の体温が少し上昇するような気がした。押さえ付けていた手が、ふわりと頭に乗せられる。ノクティスは固まった。
「…っ」
「よしよし、猫ちゃん…」
完全に、完全に寝ぼけている。ノクティスの髪をさらさらと指が通り、ゆったり優しく頭を撫でられる。
「いいこ、いいこ…」
今まで聞いたことのない、なまえの落ち着いた声色が、心地よかった。ここは暖かくて柔らかくて落ち着くし、良い匂いもする。されるがまま、頭をももに預けていると自然と眠たくなってくる。そうなると、この状況ももうどうでも良くなってきて、まあ、いいかと内心で呟いてから、あくびをひとつして、ノクティスは目をつむった。
「………うわー…これ、俺がなんとかするべき、なのかな〜…」
プロンプトは迷っていた。その顔には左手が添えられて、困ったポーズをとっていた。目の前には護衛だと言い張っていつも身近にいる女の子なまえとノクティス王子。その二人が中庭のベンチですやすやと眠りこけていた。しかも、膝枕で。
「うーん…なんで二人ともこんなにぐっすりなの…」
というか、この状況、ノクトがなまえに膝枕してもらったっていうことでいいのか…?と、プロンプトは狼狽えていた。
こんなところ見られたら大変だという焦りと、こんな風にすやすやと寝ている友人二人が微笑ましい気持ちとがせめぎあう。ああ、でも風邪引いちゃうからはやく、起こさないと。でもな〜!と、迷っているとーーー
「はあ、戻ってこないと思っていたら、こんなところで眠りこけていたのか」
「!!」
や、やばい、見つかった、パパラッチとかだったら大変ーーー!とプロンプトが焦りながら声のした方を振り向けば、そんな雰囲気の欠片もない、至極真面目そうな人物が呆れた顔でノクティスとなまえを眺めていた。その厳格な雰囲気に、思わずプロンプトもシャキッと背筋を伸ばした。
「あの…ノクトのお知り合いですか?」
「ああ、イグニス。イグニス・スキエンティアという名だ。軍師をしている」
「あ!俺プロンプト・アージェンタムっていいます!」
予想以上に偉い人物で、たらりと背中に汗が伝う気がした。聞くんじゃなかった、とプロンプトは少しだけ後悔した。ノクト周りは本当にこういうことが多々あるので洒落にならない。
「…!、プロンプトくんか、いつも、ノクトが世話になっているな」
「え、ノクト、俺のこと話してくれてたの?」
「ああ、友達が出来たか、というレギス様の問いかけに対して、君の名前を答えていたよ」
その言葉を受けて、プロンプトは嬉しく思うばかりか、泣き出しそうなほどだったが、ぐっと堪えて、イグニスから差し出された手に握手をする 。しかし、そんな穏やかな雰囲気だったのは一瞬だけで、イグニスの視線が再び目の前で眠りこける二人に戻ったときは、静かな怒りを湛えていた。
「ところで、これは一体どういう状況なんだ」
「お、俺も今来たところ、で」
「よく分からないんです」と告げる。本当に分からないので、なんとなまえとノクティスを庇ったらいいか、プロンプトも判断出来なかった。ごめん、二人共と内心で謝ったときだった。
「猫ちゃん…」
ぽつり、となまえの唇からその言葉がこぼれた。そのまま、猫の毛並みを撫でるように、ノクティスの髪の毛をすく仕草をとる。思わず、プロンプトが吹き出した。イグニスは、その一言でなんとなく状況を把握した。眼鏡をかけ直してから、なまえの肩を揺らす。
「なまえ、なまえ・みょうじ」
「………あ、ふぁい」
なまえは揺さぶられると、とろん、とした目で目を覚ました。何が起こっているか理解していない、呆けた表情をしていたが、相手がイグニスだと分かると、とろんとした表情は一変した。さーっと青ざめ、目がかっと見開かれる。
「い、イイイイイイグニスさんっ…!」
「これはどういう状況なんだ」
「これ…っ、て……!!!」
なまえの膝でノクティスが寝ていた。叫びそうになるのをぐっとこらえるなまえ。なんでこんな状況になっているのか必死に寝起きの思考を手繰り寄せる。寝る前にはノクティスはいなかった。ということは私が寝たあとにここに来て、こうなったのだ。どうして、なんで。
「ノクトを膝に乗せて、猫ちゃんと喋っていたが、関係があるのか」
ーーーある。大有りだ。夢の中で追いかけていたあの少し生意気そうなダークグレーの美しい毛並みの可愛い猫ちゃんは、まさかノクティス王子だったんだ。なんとか遠い距離から追い付いて、ぎゅうっと抱き締めたあと、夢の中でずっと、もふもふと弄り回していた、記憶がある。まさか、まさか現実でこんなことになっているなんて!
「す、す、すみません!!!」
「ふああ、よく寝た」
すると、その声で、ノクティスが起きた。しかし彼はその態勢のまま、目の前で静かに怒るイグニスと後ろで苦笑いしているプロンプトが目に入り、瞬時に状況を察した。
「おはよ、ノクト〜」
「おう」
プロンプトの控えめな声を受けて、ノクティスは手をあげて答える。なまえはノクティスが動いたことで驚いたのか、ぴく、と脚が動いた。僅かな動きも、密着しているので、伝わってしまう。ど、どうしたらとなまえが混乱していると、見かねたイグニスが助け船を出してくれる。
「…ノクト、言いたいことは色々とあるが説教は後だ。まずはなまえくんの膝から起き上がろう
「わかった」
よいしょ、とノクトが起き上がる。なまえは少しだけずり上がっていたスカートをさりげなく元に戻した。顔が熱くて、もうなにがなんだか分からなかった。
「そろそろ時間だ。レギス様がお待ちになっている。帰るぞ、ノクト」
「はいはーい」
イグニスはプロンプトに軽く会釈してから、去っていく。プロンプトはそんなイグニスに対して、思いっきりお辞儀をしていた。ベンチから立ち上がって、2、3歩、歩いたノクティスが思い出したように、なまえの方を振り返り、言った。
「なまえの膝、良かった」
「また頼むわ」とさらっと言い、固まるなまえを残してノクティスはイグニスと帰っていった。ーーー後には、固まったなまえとプロンプトが、残された。
「………あのさ、俺でよかったら、話聞くけど」
「………うん、クレープ食べたい、かも」
「おごるよ」と力なく続けたなまえの頬は、赤みを帯びていた。
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2017.0220
なんとなく、自分でも気に入っている話です。穏やかな時間って大事。はじめてみょうじの使い道が…!(笑
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