人間を傷付けて逃げたという変異体の情報を受けて私たちが向かった先にいたのは、お互いを気遣いあう一人の女性と一人の少女だった。結局二人には逃げられてしまったけど、これでよかったのかもしれないと思ってしまう私は警察としてはきっと間違っているんだろう。
「名前は食事は摂らないんですか?」
「あんまりお腹空いてないや」
「食わなきゃバテるぞ」
「そうですね、カロリーを摂取しなければ活動のパフォーマンスは下がるかと。……まあ、カロリーの摂りすぎも問題ですが」
「そりゃ悪かったな」
コナーがハンクに謝罪を申し入れたことにより二人は仲良しとは言えないまでもとりあえず和解をしたらしい。二人の様子に胸を撫で下ろしながら、昼食代わりのホットコーヒーに口をつける。
先程の変異体と少女をもしあそこで捕らえていたら彼女たちはどうなっていたのだろう。捕らえられた変異体はよほどのことがない限り、解体されメモリを調べられて最終的には廃棄処分されてしまうはずだ。彼女もその運命を辿ることになっていたのだろうか。
「やっぱりこれでよかったのかも……」
ぽつりと口をついて出たひとりごとはハンクとコナーの耳にしっかりと届いてしまったようで、会話を止めた二人から視線を注がれる。
「これでよかった、とは?」
「あー……えっと、」
「……大方さっき取り逃した変異体のことだろ」
咄嗟に誤魔化そうとするもすぐ様ハンクに核心を突かれてしまった。さすがに長い付き合いだけあって私の考えていることなんて彼にはお見通しだ。否定してみたところで意味なんてないんだろうなぁ。
「……何か理由があったのかもしれない」
「理由だ?」
「事情はよく分からないけど……そんなに悪い人達には見えなかったよ」
正直に考えていたことを言ったところでいい反応が返ってくるわけがないことは分かっていたけど、やっぱりというかハンクは大きくため息をついた。コナーは黙ったままで私たちのやりとりを聞いている。
「悪い人達には見えない? じゃあ人間を襲ったアンドロイドをそのままにしとけってのか?」
「そのままにはできないけど……でも事情も関係なく廃棄処分なんてやり方はどうしても受け入れられなくて」
アンドロイドが一般化してから施行されたアンドロイドに関する法律は彼らに権利など一切認めていない。当たり前といえば当たり前なのかもしれないけど、変異体という自我を持つ個体が現れた今その法律自体を見直すべきなんじゃないのか。
「制御できない機械なんか何しでかすか分からねえだろ」
「……人間の方が何をしでかすか分からないよ」
「……名前、」
「そういう人間をいっぱい見てきたもの。お父さんとお母さんだって……」
「名前」
ハンクの強い口調にハッとする。
「お前がどう思おうと、俺たちの仕事は変異体を捕まえることだ。あれこれ考え込んでたらキリがねえぞ」
「……ごめん、頭冷やしてくる」
気持ちを落ち着かせようと小さく息を吸って吐き出すと、大きな手にぽんぽんと叩くように頭を撫でられる。ハンクは不器用なところもあるけど本当に優しい人だ。
先に車に戻っていると言うとハンクは片手を挙げて返事をする。こちらを見て小首を傾げるコナーに、小さく肩を竦めてへらりと笑顔を浮かべて取り繕ってからその場を離れた。
仕事だと割り切れずについあれこれと余計なことを考えてしまうのは私の悪いところだ。ハンクからもジェフリーからも度々注意されているというのにダメだなぁと自己嫌悪。
「はぁ……」
「名前?」
車の傍らに立ったままでため息をつくと、突然声をかけられてドアにかけていた手がびくりと震える。視線を上げるとこちらを見下ろすコナーと目が合った。
「頭を冷やすとは言っていましたが……雨に濡れるのは良くないのでは?」
「ああ……うん、そうだよね」
コナーには初日から恥ずかしいところを見せてしまった。もういい大人だっていうのに情けないな。
「……貴方は随分とアンドロイドに……同情的なようですが」
「別にアンドロイドだから同情してるわけじゃないよ」
「と言うと?」
「理不尽な扱いを受けたら抵抗しようとするのは普通でしょう?」
「それは人間同士の話でしょう」
「人間だからとか、アンドロイドだからとか関係ない……と、思う」
見上げたコナーの瞳があまりにも真っ直ぐでつい反射的に顔を伏せる。何でそんなことをしてしまったのか自分でもよく分からない。コナーの瞳に見られるのが嫌だってわけじゃないんだけどな。
「名前、貴方は少し……変わった人のようだ」
「そんなことはないと思うけど」
「少なくとも私のメモリ上には貴方のような人間のデータはありません」
「それって褒めてる?」
無言のまま肩をすくめるような仕草をしたコナーは肯定とも否定ともとれるなんとも言えない表情をしていて、それが何だかおかしくて、つい吹き出すように笑うと彼は首を傾げる。
その後、二人並んで雨に打たれているところを見たハンクに呆れがちに注意をされたのは言うまでもない。