熱に浮かされて



銀さんが熱を出した。

夜九時頃、お風呂上がり髪を乾かそうとしていたとき。「万事屋」と表示されたディスプレイを不思議に思いながら通話ボタンを押すと、新八くんにそう告げられた。

携帯の向こうからは、『貸せ、新八!』『ちょ、神楽ちゃん…』と聞こえてくる。

『名前、銀ちゃんの看病してくれヨ』
「看病…」
『突然すみません、お忙しいのは分かってるんですけど』
『名前〜、名前〜ってずっとうなされてるアル。いい年して寝言で女の名前呼ぶなんて気持ち悪いネ』

銀さんそんなかんじなんで、名前さんが来てくれたほうが安心するかなあ、と。申し訳なさそうな新八くんに、できるだけ早く行くね、と返事をすると『やったネ!名前とお泊まり!』と神楽ちゃんの元気な声が聞こえてきたのだった。

...

「銀さーん…」
「…え…名前…?」
「わ、ごめん、起こしちゃった」

電話の後大急ぎで準備し、コンビニで買い物をして約半刻後、万事屋に到着した。あとは私に任せて、と、普段は夕方頃帰宅しているのに銀さんの看病で遅くまで残っていた新八くんを帰し、神楽ちゃんも時間が時間なので寝てもらった。お泊まり会は後で絶対ちゃんとやろう、と約束して。

豆電球に照らされたほの暗い和室の中央で、顔の赤い銀さんが布団に横たわっていた。夏でもないのにこめかみにうっすらと滲む汗と眉間に寄る皺が、症状の辛さを物語っている。彼の横にそろりと膝をつく。

「あいつら、言うなっつったのによ…お前、一人で来たのか。危ねえだろ」

赤い瞳にキッと睨まれた。最近、夜に出歩くと銀さんに怒られるのだが、熱のせいかいつもより迫力はない。

「二人が迎えに行くって言ってくれたけど、銀さんと一緒に居て欲しかったから…」

ぬるくなった額の冷えピタを買ってきた新しいものに取り替え、新八くんが用意してくれた濡れたタオルで肌が出ている部分の汗を拭いてやる。

「私のこと、呼んでたって」
「…」
「ふふ。具合、どう?」
「…若干頭痛い」
「そっか。冷えピタ、またぬるくなったら言ってね。たくさんあるから。お水飲む?持ってくるね」
「さっき飲んだからいい。ここにいろ」

もう私を拒絶するのは諦めたらしい。それどころか、布団から伸びてきた銀さんの手が私のそれを掴み、緩く握られてしまった。彼に負けないくらい顔が赤くなる。

「…銀さん、甘えん」
「うるせえ」
「ふふ」

その後しばらく、タオル用の水を替えたり、少しだけ起き上がってもらって体の汗を拭ったり、お水を飲ませたりして様子を見守った。銀さんは私が立ち上がる度に、名前、どこ行くの、名前、ここにいろ、と繰り返した。甘えん坊には間違いないが、普段中々表に出ない寂しがりの一面も風邪のせいか顔を見せている。時計を見て、そろそろ寝させたほうがいいな、と思い、その前に、とビニール袋からコンビニで買った葛根湯を出した。

「銀さん、これ、飲んで。治りやすくなるから」

受け取り、一口飲んでこの世の終わりのような顔をした銀さんが面白くて笑ってしまう。苦いよね、これ。

「名前ちゃん、これ、ホントに地球上の物質でできてる?宇宙の大悪党が銀河系を滅亡させるために生み出した殺戮兵器の味がするんだけど」
「頑張って、銀さん」
「お前、さては隠れドSだな?銀さんが弱ってるからって形勢逆転しようたってそうはいかねーぞ」

苦手なものを前に軽口の多くなる銀さんに、なんとか葛根湯を全部飲ませ、横になってもらう。

「銀さん、ゆっくり休んでね。いい夢見られますように」
「葛根湯の大軍に丸腰で挑んでズタズタにやられる夢見そう」

銀さんの手を撫でながら、大丈夫だよ、と繰り返していると、しばらくしてすー、すー、と穏やかな寝息が聞こえてきた。



目を覚ますと頭痛と喉の違和感は抜け、体が軽くなっていた。葛根湯軍には一矢報いることができたらしい。いや、勝たせてもらったと言ったほうがいいか。
顔を動かすと、脇腹のあたりに名前がぴたりとくっついてすやすやと寝息を立てていた。可愛い。自分を夜通し看ようとして寝落ちしてしまったのだろう。焦茶色の髪にそっと指を通す。

昨夜は、熱にうなされていたら突然名前名前が現れて驚いた。彼女を呼んだ新八神楽に小っ恥ずかしい寝言を聞かれていたらしく癪だが、無意識に求めていた人物の登場に内心めっちゃ嬉しかった。

幼さの残る寝顔をしばらく眺める。...男の布団でんなくっつくなよアホ。...いや、でも、ハグくらいしてもいいよね?昨日はどさくさに紛れて手繋いでくれたし?こっちも寝ぼけてましたみたいなノリでイケるよね?腕回すよ?

そんな葛藤にまみれながら左腕をそろそろと動かし始めたところで、名前が目を覚ました。

「…?」
「お、おはよーさん」
「……わ!ごめん!」

名前は状況に驚いたのか、パッと離れてしまった。一応警戒心はあるらしいがそれはそれで複雑である。恋愛とは中々自分の思い通りにはいかない。

「ぎ、銀さんおはよう…具合は?」
「おかげで全快よ」
「ほんと?…よかった…」
「銀ちゃん、名前、おはようヨー」
「神楽ちゃん、おはよう。銀さん治ったよ」

その後、名前は俺と神楽に卵雑炊を作り、早番で時間がないからと自分は食べずに玄関へと急いだ。スクーターで送っていこうとしたら病み上がりさんは家で大人しくしててください、と言われた。

「名前、もう帰るアルか?」
「ごめんね。また近いうちに絶対来るから、パジャマパーティーしよう」
「え〜、楽しみぃ。どのパジャマにしよっかなぁ」
「銀ちゃんは入ってねーヨ。男共はシコシコ寂しくブリーフパーティーするヨロシ」
「朝っぱらから下品なこと言うんじゃありません!!あと俺はブリーフじゃないからな!!」

名前はひとしきり笑ったあと、二人ともまたね、と手を振り仕事へ向かった。丁寧に閉められた引き戸が虚しい。

「名前と一夜を共にできて良かったアルな。私たちに感謝しろヨ」
「変な言い方すんじゃねー、クソガキ」

神楽は、卵雑炊を求め台所へと戻っていく大きな背中をジト目で見つめた。昨日のうなされ具合とは打って変わって超ご機嫌なあの男は、また風邪ひいたら来てくれっかな、エアコンつけて寝よっかな、エアコン無いけど。とかなんとかほざいている。ああ、これが俗に言う、

「恋の病ネ」

あの男の脅威的な回復力を持ってしてでも、一生治すことはできなさそうだ。



2021.07.01 Twitter掲載
2021.07.06 加筆修正