花ざかり男ざかり



ダンス部の人たちは土足で踏み歩いていく鏡の間に、その人はわざわざ靴下まで脱いで入ってきた、というのが最初の印象。

「え?だってチミ達が裸足だからそんなもんなのかなと思うじゃん。郷に入りてはなんとやらってやつよ」
「銀時くん、フラ部に入るつもりなの?」
「入っていーの?あ、なら顧問やるよ、エロいダンスずっと見てられるんでしょ」

優しさと変態性は共存するのかもしれない。

「あ、てかコレコレ。来月のプルーン?プラム?出るなら代表が署名してって辰馬が」

渡された紙はサマープロムという大学の催し物の参加団体リストだった。フラ部はマイリトルグラスシャックという可愛い曲を踊ることになっていたので、サラサラと名前を書いてお返しする。

「何コレ。名前ちゃんにこんな素敵なミドルネームがあったなんて初耳なんですけど」
「フラネーム。自分で考えたの」
「ふぅん。じゃあ俺も顧問だから、トウブン・サカタ・パフパフとかにしよっかな」

彼は最後に部員の笑いと黄色い声をかっさらっていった。変態だけどこういう人は中々モテる。


・・・


学生会館一階小ホール。プロムと題するイベントなだけあって、そこら中色とりどりのハート型の風船で飾りつけられ、本場のそれに負けず劣らず華やかだ。ミラーボール風の照明がクルクルときらめき、酒に酔った学生たちの赤い顔を照らす。イベント後半戦、会場は出場者たちへの熱の篭った声援とココナッツ系の甘いアルコールの匂いに満ちていた。

出番待ちの列に並び、二つ前のアカペラバンドを眺めていると、ふわふわに巻いた自慢の茶髪をつん、と後ろから引っ張られた。

「よう。えーっと、ナハナハ・名前ザムライちゃん」

黒い照明の機械の椅子に、銀時くんがかったるそうに座っていた。なんだそのふざけた名前は。訂正しようとしたら、あー、パフパフ君だー、と周りの部員たちが色めきだった。

パフパフ君て。ベアトップの綿のワンピに首にはプルメリアのレイ、なんて女らしい格好をしながら口にする単語ではない、と肩をすくめる。

「ちょっ、んな格好でパフパフとか騒ぐなよ!俺が変態みたいになるだろ!」

考えていたことは同じだったが自業自得すぎる。慌てふためく彼を口元も隠さず笑っていると、至近距離で真っ白なスポットを向けられて目が眩んだ。


・・・


「ちょっと銀時くん、照明適当にやってたでしょー」
「あ、バレた?」

パフォーマンス中、前列でもセンターでもないのにやけに自分に照明が当たるなと思ったら、ニヤリとした銀時くんと目があったので彼の仕業だとすぐに断定した。柔らかい微笑みは崩さないまま踊りきった自分を褒めてあげたい。

「スポットってのは一番可愛い子に当てるもんだろ?」
「はいはい。もー、秋のショーはちゃんとよろしくね」

銀時くんはなんだかブツブツ言っていたが、シャウト系バンドと声援のせいで聞こえなかった。

「…なあなあ!あれ飲まねえ!?」

大声の彼が指差したのは、会場の甘い匂いの元、小さなバー風に作られたドリンクコーナーだった。『イチオシ♡マリブミルク』と書かれた看板に喉がごくりと鳴る。

「飲みたい!」

バーテン風の黒ベストの男の子がすごくかっこつけてマリブミルクを作ってくれた。ストーリーを撮ろうとしたが、銀時くんのピースが入ってきたので載せるのは断念した。

「名前ちゃ〜ん、フラ良かったよ!相変わらず可愛いねぇ」
「えー、ありがとう。秋のショーも観にきてね!」
「うん、行く行く〜」

バーテン君と適当に会話していると、銀時くんが着ていたピンクのアロハシャツを私の肩にかけた。そして、うるさいから外行こーぜ、と引っ張られる。

外はもう夜用の外灯が輝いていた。森が近いからか、鈴虫の鳴き声が微かに響いている。

「あいつ、やらしー目で見てたから。んなエロい格好、男ホイホイだから気をつけろよ」
「まあ、男子大学生なんてみんなそんなもんでしょ。ね、パフパフ君」
「なっ…俺は違うからな!ひとまとめにすんな!あとパフパフはもう忘れてください!!」
「あはは」

甘いお酒をストローで吸いながら、キャンパスの周囲を歩く。夜風が火照った体に気持ちいい。

白Tシャツだけになってしまった彼を横目で盗み見てみたら、何?とジト目で言われてしまって心臓が跳ねた。

もっと冷たい風が吹いたらいいのに、と思った。多分今私の頬は、濃いめに乗せたチークがなかったとしても、肩にかかったアロハシャツと同じような色になっている。


2023.01.29 加筆修正
2021.07.11 Twitter掲載
2021.07.17 加筆修正